第23話 暗殺

 タツヤたちの乗る戦車は最新型のM2020だった。

 外見は米軍のM1エイブラムズに酷似しているが、実際のところは旧ソ連製のT62を改良しただけの戦車で、張り子の虎と言って良い。但し、主砲の125㍉滑空砲の威力は本物だった。

 その戦車には実弾が搭載されていた。

 パレード終了後にそのまま前線に向かうため、異例の処置ではあるが実弾を搭載して待機していたのだ。

 勿論、パレードに参加する戦車からは保安措置のために実弾が降ろされていた。

 しかし、予備の待機車両であったタツヤたちの戦車には、積み下ろしの手間を嫌って実弾が搭載されたままの状態だったのだ。その措置を正当化するために、偽造された軍の命令書が使われていた。

 タツヤたちの戦車は、戦車車列の最後尾を進みながら、観覧席が設置されている金日成広場に進入していった。

「固くなるな、いつも通りやれ」

 車長席のウジュが、顔面を蒼白にしている操縦手のウンホに声を掛ける。

 車長のウジュ、装填手のジホ、操縦手のウンホの三名が、タツヤの計画に引き込まれた男たちだった。

 三名ともに国家に対しては深い憎悪と恐怖を抱いている。其々の心の中では、今もその憎悪と恐怖がせめぎ合っているだろう。戦車内の狭い空間は異様な緊張で満たされていた。

 砲手席からペリスコープで外を覗いていたタツヤの視界に、将軍様が座る観覧席が見えてきた。ペリスコープの倍率を上げると、将軍様の特徴的なヘアスタイルが見えた。

 観覧席の将軍様が影武者では無く本人であることはソフィアが確認している。国家保衛相が愛人のセシルに寝物語で語った話だ。

 あと五百メートル。

 タツヤは再びポケットから発信機を取り出した。

 あと二百メートル。

 発信機のボタンを押すと、隣を走行する戦車がガクンと停止した。

 驚いたように速度を緩めるウンホをタツヤが怒鳴りつける。

「停まるな、そのまま進め」

 軍事パレードを見守る聴衆たちの目が、停止した僚車に集中する。

 そこに気を取られ、警備体制に一瞬の隙が生まれた。

 後続する自走砲部隊が戸惑ったように車列を停止させるが、タツヤたちの戦車部隊は、故障した僚車を残したまま進んでいく。

 現地を歩いて確認した狙撃地点に到達したところで、タツヤが命令する。

「停車」

 その瞬間、ペリスコープで照準を合わせていた砲塔が右旋回した。

「撃て」

 轟音と共に、予め装填されていた初弾が観覧席に向かって発射された。

 観覧席は分厚い防弾ガラスに覆われており、対物ライフルでの狙撃にも耐えられたが、さすがに戦車砲での狙撃は想定されていなかった。

 砲身が後座し高温の薬きょうが吐き出される。すかさずジホが二弾目を装填しタツヤが撃つ。三弾目、四弾目と機械作業のように砲弾が撃ち出されていく。戦車榴弾が観覧席を破壊し、居並ぶ高官たちを肉片に変えていった。

 砲撃と同時に、ディーゼルエンジンの排気筒からは煙幕用の白煙が吹き出し、ウジュは砲塔に装備された発煙弾を発射した。

 タツヤたちの戦車を煙幕が覆い隠し、ペリスコープからの視界が失われる。護衛部隊は早くも反撃を開始しており、砲塔内には小銃弾が命中する雨だれのような音が響いていた。

 そろそろ潮時だった。ペリスコープから観測できた限りでは、将軍様は初弾で暗殺出来たはずだ。観覧席に撃ち込んだ七発の戦車榴弾で、北朝鮮指導部はほぼ壊滅状態だろう。

「脱出するぞ」

 タツヤたちは戦車の底部ハッチを開き戦車の下に降りた。煙幕に包まれたタツヤたちの動きは外側からは分からない。

 しかし、操縦席のハッチから外に出ようとしたウンホが流れ弾に撃たれた。

「ウンホ」

 撃たれたウンホを助けようと、戦車の底から這い出そうとするウジュをタツヤが引き戻す。

「手遅れだ。もう死んでる」

 地面に倒れ落ちたウンホはピクリとも動かなかった。

 ジホが戦車の真下にあるマンホールの蓋を開け、抵抗するウジュをマンホールの中に無理やり引き下ろした。最後にタツヤがマンホールに潜り込むと蓋を閉め、発信機の最後のボタンを押す。

 その瞬間、戦車内にある砲弾が炸裂し、爆発した戦車は砲塔を五十メートルも跳ね飛ばし車体はスクラップと化した。

 燃え落ちた戦車からは乗員の痕跡は何も発見されなかった。

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