第22話 軍事パレード

 金日成広場に近い大同江公園には、建国記念日に行われる軍事パレードに参加する車両が並んでいた。

 朝鮮人民軍と労農赤報隊によって行われる軍事パレードは過去最大の規模になる予定だった。数百両の戦車、装甲車と、長距離弾道ミサイルを載せた移動式発射車両などが、金日成広場を横切る勝利通りを行進する。

 軍事パレードには、最高指導者である将軍様を筆頭に、労働党幹部や軍の高官が多数参加し、その模様は朝鮮中央テレビで中継され、海外の多数のメディアも見守っている。昼過ぎに始まるパレードは夕方まで続く予定だった。

 

「中で漏らすなよ。パレードが終わったら、そのまま前線行きなんだ。臭い砲塔の中で死にたくはない」

 笑い声とともに、一人の新兵が尻を押さえながら公衆便所に駆け込んでいく。配給された昼食用の弁当が痛んでいたのか、緊張によるものなのか、その新兵は先ほどから公衆便所を往復していた。

 新兵に声を掛けたのはウジュだった。

 ウジュの乗る戦車は予備の待機車両であり、軍事パレードに参加することは無い。軍事パレードに参加するのは労働党員のみで編成された別の部隊だ。待機を続けているだけの任務であるため、若干弛緩した空気が流れていた。

 時間になったらしく、パレードに参加する車両がエンジンを始動する。

 この日の軍事パレードでは、将軍様が米中を核で恫喝し、朝鮮半島の武力統一を宣言する演説を行う予定になっていた。それが事実上の宣戦布告になる。

 軍事パレードは出征する兵士たちを激励し、見送る為のものでもあった。

 軍事パレード終了と同時にサイバー部隊が韓国の情報通信網を麻痺させ、短距離弾道ミサイルが韓国国内の空軍基地に撃ち込まれる。三十八度線付近に配備された長距離砲が首都のソウルを砲撃し、DTZの地下に張り巡らされた地下トンネルからは韓国陸軍の背後に北朝鮮軍が回り込む。戦車部隊が進撃し、ソウルを三日、釜山を一週間で落とす計画だ。軍の補給物資が枯渇しており、一週間を超えると身動きが出来なくなるからだ。

 その間、核弾頭を装備した中距離弾道ミサイルは在日米軍基地に照準を合わせている。米軍はすぐには身動きが取れないはずだ。

 速戦即決で一気に南進し、米中の干渉が入る前に、北朝鮮のスパイを潜り込ませている韓国の左派政権と講和条約を締結し、統一朝鮮建国を宣言する。これが将軍様が思い描いている計画だった。


 金日成広場を横切る勝利通りに向けて車列が進み始めた途端、一台の戦車のエンジンが喘ぐように止まった。

 再始動を試みているもののエンジンが始動する気配は無い。周囲の視線が故障した戦車に集中している最中、公衆便所から顔を伏せた新兵が人知れず戻って来た。

 故障した戦車の戦車兵たちがエンジングリルを開けてチェックしているが、頭を捻るばかりでどうしようもない様子だ。

「朴上尉、出せるか?」

 大隊長からウジュに声が掛かる。

「大丈夫です。すぐに出せます」

 ウジュの乗った戦車がエンジンを始動させる。軍事パレードに穴を開けることは出来ないのだ。予備車両として待機していたウジュの戦車がパレードの車列に加わる。

 突発的なトラブルが起きた場合、大隊長が頼りにするのは決まってウジュだった。すべては想定通りに進んでいる。

 先程、公衆便所から戻って来た新兵の掌には、小型の発信機が握られていた。故障した戦車は、この発信機の操作で、予め細工されていた燃料停止ソレノイドが誤作動を起こし、ディーゼルエンジンを停止したのだ。

 その新兵はタツヤだった。

 タツヤが入れ替わった新兵は、公衆便所の中で手足を縛られ、猿轡をされて便器の上に座らされていた。

 新兵の食べた弁当には下剤が仕込まれていた。腹を壊した新兵が公衆便所に駆け込んだ時、二つある個室のうち一つは塞がっていた。空いている個室はドアのカギが壊れていたが、緊急事態で気にしている余裕は無い。

 新兵がズボンを下ろして便器にしゃがみ込んだ途端、隣の個室に潜んでいたタツヤが抜け出し、鍵の壊れたドアを蹴破って乱入した。

 ズボンを降ろして身動きの出来ない状態だった新兵は、クロロホルムを染み込ませた布で鼻と口を塞がれ、抵抗する間もなく意識を失ったのだ。

 タツヤは新兵が被っていた戦車帽を奪い、壊れたカギを内側から針金で縛って脱出した。

 意識を失い垂れ流している新兵のズボンを降ろしたままにしておいたのはタツヤのせめてもの優しさだ。彼が発見されるのはすべてが終わった後のことになる。

 入れ替わったタツヤを乗せた戦車は、勝利通りを進み、将軍様が待つ金日成広場に乗り入れていった。

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