第15話 ウジュ

 ウジュは平壌防御司令部の第一〇五戦車師団に配属されていた。

 首都を守るエリート部隊であり、最新鋭の装備が優先的に配備されている。最近、部隊内には緊張感が漂っており、タツヤが言っていた戦争が近いという状況をウジュ自身も強く感じていた。

 タツヤに脅されるように首を縦に振ったウジュだったが、タツヤの計画を実行するためにはウジュ一人では不可能だ。

 ウジュは計画に引き込めそうな人間を考えていた。

 彼の部隊はエリート部隊だけあって労働党員が多かったが、労働党員にタツヤの計画を話すことは出来ない。

 ウジュは北朝鮮の身分制度とも言える出生成分が悪かったので、労働党員になることは出来なかった。計画に引き込む対象は、国家に対する不満を隠し持っている、ウジュのような非労働党員でなければならない。

 ウジュの指揮する小隊は非労働党員で編成されていた。実力のみでのし上がって来た兵士たちで編成された部隊であり、部隊の戦闘能力は高い。そのような部隊が編成された理由は、彼らが戦死要員として必要だからだ。

 師団レベルの戦闘においては、必ず致死率の高い危険な作戦が生じる。エリートである労働党員で編成された部隊は危険な作戦には投入されない。矢面に立つのは、叩き上げの非労働党員によって組織された戦闘能力の高い部隊なのだ。戦争が始まればウジュの率いる小隊が生き残ることは無いだろう。


「小隊長、ホントに戦争が始まるんでしょうか」

 部下のジホが休憩中のウジュに声を掛ける。

「間違いないだろうな。これまで揃ったことの無かった弾薬と燃料が員数分揃ってきたからな」

「我々も前線に行くことになるんでしょうか」

「軍上層部が狙うのは短期決戦だろう。最新鋭の戦車を持つ我々の部隊を後方で温存する余裕は無いよ」

 最新鋭の戦車と言っても、ウジュたちの乗る戦車は西側の基準で見れば張りぼての戦車だ。前線に送られれば、生きて帰る可能性の無いことはジホにも分かっているだろう。

 そして、戦争が始まれば、防空能力のない北朝鮮全土が火の海になることも間違いない。

「どうせ死ぬなら、妻と子と一緒に死にたい、、、」

 ジホは俯いたままポツリと漏らした。ジホの息子は去年生まれたばかりのはずだ。

 ウジュはジホの肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「家族で国外に脱出出来るチャンスがあるとしたら、その賭けに乗ってみる覚悟はあるか?」


 タツヤは平壌郊外にある売春窟を転々としながら、ウジュとの接触を続けていた。

 ウジュは腹を決めたらしく計画の準備を着々と進めている。勿論、ウジュがおかしな行動に出ないか、蛇頭のウヌに命じて監視を続けている。

 タツヤはウジュが計画に引き込んだ男達とも会った。

 家族での脱北をエサに、逆に握った弱みで脅しつけることも忘れずに、飴と鞭を巧妙に使い分けながら、男たちが裏切ることが出来ない様に縛り付けていった。

 タツヤは善人では無かった。

 核の発射ボタンに手を掛けた国家指導者を暗殺することを、正義の執行などとおこがましく考えてはいなかった。

 むしろ、自分が悪人であることを自覚していた。

 暗殺はタツヤにとって単なる家業に過ぎず、そこに高邁な理念も思想も感じてはいなかった。

 それ故に、暗殺の過程で無関係な人間が不幸に巻き込まれようとも良心の呵責は感じなかった。

 タツヤは常に超然と孤立しているのだ。

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