第12話 潜入 2
ソフィアは先ほどからリビングをうろうろと歩き回っていた。
丹東の本社から通関手続きが完了したという連絡があったのが三日前、既にタイムリミットの72時間は過ぎている。落ち着かないまま半日が過ぎた昼過ぎ、マンションの下に一台のトラックが止まり、部屋のインターフォンが鳴った。
「遅かったじゃない。何をやっていたの」
「すいません、積み替えのトラックが急に故障しまして」
北朝鮮ではありがちの事情だ。
トラックからベッドが降ろされマンションに運び込まれる。
「このマット、やたらと重いな」
荷物を運ぶ男の声が聞こえる。
「ちょっと、丁寧に扱いなさい。このベッドは高級なのよ」
「はい、奥様。これはどちらに運びましょうか」
「奥の寝室に運んで頂戴。丁寧によ」
無遠慮な男たちの視線がソフィアを肢体を舐める。
この高級マンションは特権階級が愛人を囲う為のものだ。明らかに朝鮮人ではないソフィアの姿は、男たちの下種な想像を生んでいるのだろう。
作業を終えた男たちを追い出すと、ソフィアは逸る気持ちを抑えて荷物を探った。
案の定、ヘッドボードの内側から盗聴器が発見された。時間が掛かったのは、この盗聴器を仕掛けるためだろう。
ソフィアは盗聴器を殺すと、ベッドカバーを剥ぎ内部のウレタンをむしり取り始めた。
ウレタンの中からタツヤの身体が現れる。
タツヤの顔面は蒼白で、身体は冷え切っていた。
「タツヤ、起きて」
ソフィアがタツヤの頬を張りながら呼びかけるが、タツヤは反応しない。胸に耳を当ててみるが心音は弱い。
タツヤは左手に解毒剤の入ったアンプルを握り込んでいた。
ソフィアはアンプルを取り出し解毒剤を口に含むと口移しでタツヤに飲ませた。
冷え切ったタツヤの身体をさすりながら、ソフィアはタツヤに呼びかけ続ける。
若干頬が赤みを帯び、微かに睫毛が揺れた。
「タツヤ、聞こえる。タツヤ、目を覚まして」
ソフィアはタツヤの頬を強く叩きながら呼ぶ。
「痛いよ、ソフィア」
「ああ、もう。驚かさないでよ」
タツヤのぼやけた視界がはっきりしてくると、心配そうなソフィアの顔が見えた。
「来たよ。ソフィア」
「待ってたわ。ずっと待ってたんだから」
ソフィアはタツヤの身体を抱きしめると涙をこぼした。
タツヤは成されるがままソフィアの気持ちを受け止めていた。
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