第8話 平和ボケ
ソフィアが別荘にやって来てから一週間。
暗殺計画の詳細が固まり、明日はソフィアが日本を離れる。
僅か一週間二人で暮らしただけだったが、お互いに離れるのが辛くなっていた。何を話せば良いのか分からないまま、ソフィアはトランクに荷物を詰めていた。
タツヤは沈黙に耐えかねて、リビングにあるテレビをつけた。
テレビからは討論番組が流れていた。
特に関心があったわけでは無いが、二人の間の気まずい沈黙を誤魔化す為になんとなく聞いていた。
「我が国は憲法を変えて核武装出来るようにするべきなのです」
「非核三原則の見直しが急務ですな」
「まず、核共有の議論を」
「敵基地攻撃能力の整備には防衛費の倍増が必要です」
タカ派の政治家やコメンテーターたちの勇ましい言葉が続いていく。総選挙が近く、右派の支持層を固めるために刺激的なフレーズを並べているのだろう。
「日本人って、いつからこんなに馬鹿になったの?」
荷物を整理しながら聞いていたのだろう。ソフィアが呆れたように言った。
ソフィアの言う通り、日本が核武装することに、安全保障上のメリットは何もない。それどころか、核武装の検討を始めただけでも北朝鮮並みの経済制裁を喰らうことになるだろう。
敵基地攻撃能力にしても極東のパワーバランスを不安定化し、限定戦争の可能性を拡げるだけだ。
極東の安全保障については、昔から言われているように、日米安保に基づく「矛と盾」論が、現在でも最も合理的なのだ。
「ネトウヨもどきの言説が持て囃されるようになったのは十年くらい前からかな。経済疲弊による国民の不満を、口先だけの勇ましさで誤魔化しているんだよ。平和ボケのタカ派ってことだな」
「平和ボケのタカ派って質が悪いわね。ただの平和ボケなら可愛げが有るけど」
「日本で核武装を主張している連中は、国内に核を置いているだけで核抑止が成立すると勘違いしている。核抑止は自国を焦土にしても核を使うという覚悟が前提なのに。核武装を主張するコメンテーターが、同じ口で、民間人に犠牲が出るなら戦わず降伏しろと主張するんだから呆れ果てるよ」
「それ、本当の話? 平和ボケ過ぎるんじゃない」
「本当さ。敵基地攻撃能力の話もそう。敵基地攻撃能力を持てば先制攻撃で敵を叩き、国内に戦禍が及ぶことは無いと誤解している。敵基地攻撃能力を持つことで戦争がエスカレーションすることは考えていないんだよ」
「一旦戦争が始まって、自国だけが無傷だなんてあり得ないわよ。小学生でも分かる話じゃない。だったら、戦争は絶対悪だっていう平和ボケのハト派の方がマシじゃない」
「この国では、タカ派もハト派も平和ボケなんだよ。戦後一貫して安全保障に向き合っては来なかった。だからデマゴーグに煽られた国民が極端から極端へスイングする」
「なんだか情けない話ね。斜陽の国で劣等感を拗らせて、核の発射ボタンに手を伸ばす指導者が、将来この国にも現れるかもしれないってことね」
「そうなれば、俺たちのターゲットになるな」
暫く離れる前日にするような話では無かった。虚しさに気力が削がれ、二人は再び沈黙した。
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