第5話 ソフィア 2

 ソフィアを別荘のバルコニーから見送ったタツヤは、残っていた掃除を終わらせることにした。

 バルコニーに露天で設置されているジャグジーをスポンジで洗い流し、タイル敷きのバルコニーにデッキブラシを掛けていく。

 ジャグジーのポンプに溜まった落ち葉を取り除いていると、思いのほか時間が掛かってしまった。

 着ていたシャツとジャージは汗と泥で汚れてしまっている。

 タツヤは服を着たままホースから水を浴び、服に付いた汚れも落としていく。脱いだ服を絞るとバルコニーの手摺に干し、湯を張ったジャグジーに身を沈めた。

 タツヤはジャグジーの気泡に包まれながら、ゆっくりとしたストレッチを始めた。

 僧院で身に着けた呼吸法は、ヨガや気功を取り入れた独特のものだったが、まず大切なのは全身の筋肉を緩めることだった。このところヘッジファンドの仕事でデスクワークが主体だったため、筋肉の柔軟性が失われている。

 任務が始まるまでの短期間のうちに、身体を作り替えていかなければならない。

 タツヤがジャグジーに浸かっていると、ソフィアが大量の荷物を抱えて買い物から戻って来た。一週間分の食料なのだろう、冷蔵庫に買ってきたものを仕舞っている。

 その様子をタツヤがジャグジーから見ているのに気付くと、ソフィアはヨガマットを持ってテラスへ出てきた。

 テラスにヨガマットを敷くと、ソフィアはおもむろに服を脱ぎ始めた。下着まで脱ぎ全裸となったソフィアは、タツヤの目の前でヨガを始める。

 任務の渦中にあるソフィアの呼吸は安定していた。十分ほどヨガを続けていると、小麦色の肌にしっとりと汗が浮かんでくる。ソフィアの体内に気が循環しているのだ。

 小麦色の肢体は彫刻のように美しかった。均整のとれた筋肉に薄っすらとのった脂肪が女性らしいまろやかなフォルムを形作っている。

 タツヤの視線に気付いたソフィアは、全裸のまま見せつけるように開脚ポーズを取る。タツヤは視線を外さずソフィアの姿をジッと見つめていた。

 タツヤの視線を感じたソフィアの呼吸が僅かに乱れ始める。

 やがて、ソフィアはヨガを続けるのを諦めジャグジーに入って来た。ソフィアは目を伏せて言った。

「私は汚れてしまったわ」

 ソフィアの声はすがるように震えていた。

 ソフィアはメイドとして潜入し情報収集を行うことが仕事だ。その過程ではハニートラップを使うこともある。誰にも話したくない経験も散々してきたことだろう。

 タツヤはセックスワークに対する偏見は持っていなかった。それは肉体労働の一種に過ぎない。セックスを売ることで魂が汚されることはない。

 魂が汚されたと感じるのは、つまらない倫理観を振りかざす世間から、冷たい視線や侮蔑を浴びせられるからだ。

 そもそも、性欲だけに支配されたセックスと、魂が溶け合うようなセックスは次元の違う別物なのだ。

 そのことはソフィアも理解していた。

 ソフィアが十八歳の時、初めての任務に就く前に処女を捧げた相手はタツヤだった。

 その時から任務に対する覚悟は出来ていたが、その覚悟が揺らいでしまうこともある。

 特にタツヤの前では。

「ソフィアはきれいだよ。これまでも、これからも」

 タツヤはソフィアの顔を引き上げると、黒い瞳を見つめながら言った。

「それが本当だって教えて」

 言葉でそれを証明することは出来ない。

 直接お互いの魂に触れ、訴えかけるしかないのだ。

 ソフィアの手がタツヤの股間に伸びる。

 タツヤはソフィアを包み込むように覆いかぶさり、ジャグジーの水面が激しく揺れる。

 溢れ出したお湯が洗ったばかりのテラスに流れていった。

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