第10話 忘れないで

 彼女が絵を描き始めて13時間……。  


 窓から見える空は、少し前に赤い太陽が沈み、黒色に変わっていた。

 

 ここまでの間になんとか、食事休憩をとらせた。


 まぁ立ちながら、描きながらだったけど。


 食事内容も近くのコンビニの片手間で食べられるパンや野菜ジュース。


 本当はもっと栄養価を考えほしいが……。


 中断するのをめちゃめちゃ嫌がるし、食べないよりは遥かにましだ。



 しかし、あんなの休憩とは呼びないよな。


 体力も、集中力も、そろそろ限界なんじゃ……。


 俺のそんな心配を気にしてか……彼女は。


「もう完成するから……大丈夫だから」


 そう小さな声でいった。


「ほんと、無理するなよ」


「わかってる……自分の身体の事はよくわかってる。絶対に無理はしないから……」


         ・ 


         ・  


         ・


 完成が間近に差し迫った時、彼女は書いている絵に対しての抱いている思いを教えてくれた。


「私ね……。この絵だけは、絶対にいま。


 今日、貴方の目の前で描ききりたいの」


「なんだよ、今日なんか……あったか?」


「はぁ……まぁ期待はしてなかったけど。

 覚えてる? 約束……」


「約束……?」


「えぇ!? ホントに言ってる?」


 約束……約束……。

 なんか色々した気がするけど、一番最近なのは………。


「約束……。あぁっ! 北海道行きたいってやつか? いいよな、北海道」


「薄々……気づいてたけど、勉強が苦手なのは、記憶力が問題みたいね」


 違ったみたいだ。でも、海の幸を食いたいとか、雪景色を描きたいって言ってたのになぁ……。


「はぁ……」


 うっ……凄い幻滅されてる。

 肩、明らかに下がってるし。


「まぁ……けど大丈夫、いいのよ。

 私がこの絵を描いてるのは……。

 約束を思い出してほしいから、忘れないでほしいからだから……」


「ちょっと、まて! 今思い出すから、ヒントを!」


「……だったら、この絵見えてる?」  


 彼女は手を止めずに、そう言ってきた。

 キャンバスは彼女の身体で隠れて、全体像は見えない。見えるのは端っこの4隅ぐらいで、青色の背景色は確認できる。


「いや、あまり見えてない。てか、完成前はみてほしくないんだろ?」


「そうだけど……青色は見えるでしょ?」


「見えてるな……」


「それでピンと来なかったら無理ね」


「え?」


「はい……この話は終わり! ほんと、あと少しだから待ってて」


「わかった……。けど、考えとくよ」


「まぁ無理だと思うけど、頑張って……」


 あと少しと言うとおり、程なくして……絵は完成した。


「完成……どうかな?」


「あっ……」


「思い出したって、顔してる」


 俺は愚かだ……。


 なぜ、こんな大切な事を忘れていた。

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