第7話 理由②

 彼女が開いてきたページに描かれていたのは、こことは内装が微妙に違うけど、恐らく病室だ。


 そして……部屋には誰もいない。

 

 描かれたそこは、本当に彼女の目にはそう写っていたのか色がなかった。

 白と黒だけの世界。寂しいとかじゃない、空気が重い……張り詰めている。


 まるで現実みたいだ。


 でも、どうして? これを見せてきた?

 ただ見たら満足して帰れと?

 

 だとしたら、なんで? この絵なんだ?


 他にも沢山描いてるだろうし、それに桜の絵は、あんなにもカラフルだったのに……。

 

 少し気になったのは、この絵が今日描かれたものじゃないという事。スケッチブックの真ん中辺り。感覚的に前の桜の絵はもっと後ろだったと思う。

 他のページを勝手に捲るのは、ルール違反というか、気がひけるから確認はできないが……。


 俺は試されているのか? 

 自分の絵が判るかどうか? 


 そんな事を試されても、俺には芸術的なセンスはないし、知識も皆無だ。


 あの日、桜の絵が好きだっと思ったのも、殆ど本能みたいなもんで、技術や価値を見出した訳じゃない。


「ねぇ……何か言ったら?」


 かなり長い間、黙っていたみたいで。彼女はしびれを切らしている。


 何か言わないと……何か??


 いや、落ち着け……。俺は何をしにここに来たんだ。目的を履き違えてはならない。


 好かれる為に嘘をついて嫌われるのと、より嫌われるのは承知で本心を伝えて嫌わるの……選ぶまでもない。


「なぁ……これは、本気で描いたのか?」


「当たり前……。私は絵に対して手を抜く人間じゃない」


「そうなのか……。まぁ、率直に感想を言うなら、この絵は嫌いだ……」


「へぇ……」


 彼女の今の顔をみてしまえば、何もかも終わる気がして、怖くて……見れない。

 でも、声は変わらず低いテンションなのはわかった。


 だから俺は頑なに、絵から目を離さず話を続けた。


「これって、ベットとかの配置が違うけど、ここの絵だよな?」


「……前の病室の絵。描くものが何もなかったから」


「そうか……綺麗に描けてると思う。けど、やっぱり嫌いだ」


「……おかしいわね。本当に私の絵が好きなの?

 前に私の絵が好きだって言ってくれた人は……これもとても褒めてくれたけど?」


 そうきたか……。


「……何が言いたい?」


「ここにくる理由の……私の絵が好きって、もう破綻してない? 嫌いなんでしょ?」


「この絵はな……。あくまでも、好みの問題だって、全部が好きだとは限らないだろ」


「どうかしらね……。どうせ桜の絵も……。

 大した理由もないのに、私の絵が好きとか言わないで……」


 ここに来る理由の次は、絵が好きな理由か。


「そうだな……。理由ならある」


 そう来ると思って、頭のなかで纏めていた。


「…………なに?」


「少し長くなるけど、聞いたのはお前だからな。

 えっと……唐突だけど、今までで美術館に行ったことあるか?」

 

「なに、急に?」


「いいから」


「……昔に何回かあったかな、程度よ」


「俺もそんな感じ。それで美術館に並んでる絵って、なんか難しい絵が多いと思わないか?」


「知らない……貴方に理解力がないだけでしょ?」


「まぁ、そうなんだけど……。

 そこにあった綺麗な風景画、何かを表している抽象的な絵とか……どれを観ても、絵ってモノの価値が全く伝わってこなかった。

 当然、お前の言うとおり、俺に理解力がないからであって、作品が悪いんじゃない」


「…………」


「でも……どれを見ても、その世界(作品)を理解できなかったんだ。……『怖い』とまではいかないけど、苦手には感じた」


「……それは可哀想に」


「共感してくれるのか?」


「著名な絵達がそんな貴方にみられるのが」


「そうかよ……」


「それで私の絵は、それらのプロの絵と比べて、陳腐だから好きってこと?」


「早とちりするなって。そんな事、言ってないだろ。

 えっと……何が言いたいかというとだな。


 ……そんな俺がこの前、桜の絵を見たときは、理解できた気がした。陳腐だから、絵が忠実だからとかじゃなくて、絵が生きていると思ったから……絵に込められた、なんだろ? 

 抽象的だけど、それこそ想いかな? 

 それが真っ直ぐぶつかって来るように感じたから、俺も自然に魅入られた」


「ヒドイ妄想ね……」


「確かに全部俺の妄想だ、申し訳ない。でも、そう感じたのはきっと……作者がそこに本物の『夢』をみていたからだと俺は思ってる。

 …………違ったか?」


 あぁ……顔が熱い。言い切ってから急に恥ずかしさが込み上げてきた。ここまで自分を曝け出した事が今まであっただろうか……。はずかしさのあまり爆発しそうだ。いや、爆発したい。



「……バカね、貴方。ほんと、もう……帰って」


 彼女はまた布団に包まり、顔を隠してしまった……。聴いてる方も聴くに耐えなかったかもしれない。それほどにサムい発言だ。


 でも決して……嘘じゃない。


「まだ帰れない。お前の絵が好きな理由は言った。だから、また来ていいか?」



「……今の気持ちが、貴方にわかる?

 私がどう思ってるか……貴方にわかる?」


 彼女は混乱したかのように繰り返し、問うてきた。


「正直、全然わからない……。困ってるとか?」


「全然違う…………とにかく帰って、もう時間だから」


 そう言われて、時計を見ると確かに、面会は終わりの時間を迎えようとしていた。

 俺は焦り、答えを求めた。


「だから、まだ答えをー 」


「今日は!!! ……帰って……もう。

 勝手にすればいいから……来たいなら。自由して」


 彼女は、それ以上は何も喋ってはくれなかった。

 

 これは許可を貰えたと、受け取っていいのだろうか……。


 言いたかった事を伝えられたのだろうか……。


 俺はそんな不安をまた抱えながら、病室をあとにした。


 でも、この日、俺と彼女の関係性の何かが変わった、そんな自覚は確かに得ることができたのだ。

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