第6話 理由①

 約束していた日はすぐに来た。時間が経つのが早いと思ったのは、生まれて初めだった。


 あの日からずっと考えていた……。自分の行動に疑問を持ってしまったんだ。


 でも正しいかなんてのは、どうでもよかった。彼女の為になるかが、今一番に知りたかったから頭を悩ませた。


 まぁ結局……答えを出させなかったけど、俺は訪れた。


 それは会いたかったから、会って話をしたかったから。つまり、結局は自分のために来たのだ。


 俺は病室のドアをノックする。


「俺だけど、入っていいか?」


 返事はない。看護師さんが、少し前は起きていたと言っていたけどな……。


 どうしようか……。

 でも、面会時間は守っているし、先週、宣言もしている。予約もした。


 本当に来てほしくないなら、面会お断りと受付で言われるはず……大丈夫……大丈夫……大丈夫だよな?


 不安を払いのけ、覚悟を決めてドアをゆっくりと引いた。


 そこには……この前と変わらず、ベッドに寝ている彼女がいた。


 ドアに背を向けるように寝ているため、顔は見えない。


 眠っているのかな。


 俺が起こさないように息を潜め、そうっと近づく。


 すると静かな病室で、スッと抜ける声が発せられる。


「ほんとうに……来たんだ」


「起きてたんだな……。

 やっぱり迷惑だったか?」


「えぇ……とっても」


 その本心からきただろう言葉に、また心が絞まる。


「そうか……。まぁ辛かったら、言ってくれ。帰るから」


 彼女に対抗するように、俺はめいっぱいの強がりを言った。


「……なら、お帰りはソチラだけど……」


 彼女は少し嫌味たらしく、そういった。

 そして身体を背けたまま、病室のドアに指を向けた。


 まぁ、それだけ言えるなら、元気なのかな……。でも、まだ帰るわけにいかない。今日で心を決めるから……まだだ。


「冷たいな……。

 聞いた話だと、先週よりだいぶ体調はよくなったんだろ?」


「……先週よりはね」


 彼女が寝ているベッドの横には、この間、見させてもらったスケッチブックが置いてあった。


「また絵を描いてたのか?」


「……暇だったから」


「そうか、暇なら俺がいてもいいよな」


「いえ……今は忙しい」


「それは寝るのに?」


「そう、眠たくてたまらない……」


「わかる。俺も少し眠たい……朝早かったかたし」


「だったら、帰ったら? 明日も学校でしょ?」


「まぁな……。でも、まだ楽だよ、始まったばかりだし、大した事してない」


「……こんな所に来てる時点で、そうなんでしょ。中でも貴方は相当に隙みたいね。今頃、皆んな、必死に人の輪を拡げてるのに……」


「なら、成功してるだろ。

 お前は俺の高校での初めての友達なんだから」


「勝手に友達にしないで……」


「じゃあ、いつか認めてもらわないと」


 彼女は、俺に拒絶の言葉でしか会話してくれなかった。


 それに俺はまた悲しくなる。


 もしかしたら彼女も……いや俺以上に……。


「しつこい………。

 ねぇ、私なんかに構って何が楽しいわけ?

 何か目的でもあるの? ただの嫌がらせ?」


 決めつけるつもりはない。でも…………


 ………やっぱり俺の都合がいい妄想なのか?


 そうであって欲しいなんて、押し付け?

 実は……寂しいんじゃないかなんて、もし俺も同じ状況なら寂しいからって、わかったつもりになっていたのか?


「俺がここにいるためには、理由がいるのか?」


「えぇ、理由もない行動は理解できない。

 理解できないものは……『怖い』」


 これが正真正銘のラストチャンスかもしれない。


 ここで、明確な理由を提示できれば……。


 でも、理由……。

 なんで俺は彼女に会いに来てるんだ? 

 別に彼女が好きだからなんて、いうつもりはない。だってお互いにまだ何も知らないから。


 あとは友達? だから……。でも、そんな1日二日の友達がここまでするかと言われれば、違和感があるし気味が悪い。


 だとして理由……いや迷うことはなかったな。気づくのに遅れただけで、不思議な事に答えは最初から決まっていた。


「そうだな……お前の絵が好きだからかな。

 あの日、桜の絵を見た瞬間に思った……。他の作品も見てみたいって」


「それだけ……?」


 冷たい言葉がまた俺に突き刺さる。


 どうやら、彼女のお眼鏡に適わなかったらしい……。


「いま思いつくのはそれぐらい。あとは……友達も含めていいなら、いれるけど?」


「冗談……。

 まぁ単に私の絵がみたいってだけなんだ。

 ……じゃあ、これで満足??」


 そういって彼女はコチラを向いて、置いてあったスケッチブックを事務的に見せてきた。


 この間とは違う……合間から見えた彼女の目も、彼女の心を表しているように冷え切っていた。


 俺はスケッチブックを受け取りたくなかった。これを見たら、帰れと言われるに決まっているから……。 


 でも、受け取らないのは違う。俺は見たいと言った、それに嘘はないのだから。


 だから……俺は受け取った。

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