第5話 少女の想い

 病室の個室……。


「なんで……ここにいるの?」


 目覚めた彼女の一言目。


 声出しづらそうに、絞り出したもの。


 朝頃も数回、目覚めたらしいが、ハッキリとした意識の覚醒は今日はじめてかもしれない。


 俺は昨日の事を思い出しながら、状況を説明した……。



「おいっ!! 大丈夫か!?」


 その展開はあまりに急で、心拍数は加速して煩い。


 最初に声をかけたときも、彼女は少し痩せ過ぎていると印象を受けたけど……。


 そんな……まさか? どこか悪いのか?


 しかし、いち高校生である俺には彼女が辛そうにしていることぐらいしか、わからない。


 俺は咄嗟の判断を求められた。躊躇いはほんの少し。でも迷うぐらいならと……俺は急いで救急に連絡し、状況を伝えた。   




「そうなんだ……。迷惑かけて、ごめんなさい」


 話を聞いても、彼女には驚いた様子などはない……。いつもの事と言わんばかりに。


「いいって……でも、目覚めてよかった。

 駆けつけた御両親も、とても心配してたよ」


「そう……ありがとう。もう大丈夫だから、貴方は早く帰って」


「そういう訳にはいかない……。俺も心配してんだ」


 そんな俺の言葉は、彼女にとっては不快だったらしく、聞いた彼女は少し強い口調で


「いらない……大体、他人の貴方にここまで踏み込んでほしくない」


「他人か……。

 実は……事情を教えもらったんだ」


 彼女の顔は険しく歪む。


「ほんと? ……何処まで?」


「たぶん、ここにいる理由のほとんど。

 ごめんな、プライバシーに関わることだ。お前の許可なく……本当にごめん……」


 謝った俺に彼女は悟ったかのように、問いただす。


「……違うでしょ。嘘つかなくていい。

 どうせ教えられたんでしょ?」


「それは…………」


 俺は昨日、彼女のご両親と話した内容を思い出し、どう伝えればいいか迷い、言葉を詰まらした。


「否定しないなんて……図星?」


 そして彼女からじわりじわりと、不平不満が滲み出くる。


「昨日の入学式だってそう……。

 記念だって思い出になるからって、外出の許可とって……。

 一体……誰の? 何の? 記念なんだか。

 私が高校に行きたかったのは……通えると、よくなってると信じてたからなのに……なのに……騙すような真似して」

 

 言い終えた彼女は我に返り、こんなつもりはなかったと、今の発言を後悔しているようだった。


「ごめんなさい、貴方に言うことじゃなかった……。

 でも、やっぱり帰って……どうせ頼まれたんでしょ? ……私の友達になってって。

 ほんと! くだらない。いつもいつも、そんな事を誰が頼んだ?」


「…………」


 俺は言い返せなかった。何を言っても届かない、逆効果になる未来しか見えなかったから。

 だから、ただ黙って聴くしかなかった。


「ほんと目障り……消えてよ。同情からいられるのが、一番……心が冷たくなる」


 そんな突き放すような言葉は、彼女の弱々しい声では痛みを持たない。


「…………わかった、帰るよ。これ以上、喋るのは身体にも負担になるだろうしな」


 それを聞いた彼女の表情はゆるみ……安堵した様に見えた。


「……そうしてくれると助かる」


 なぜ……そんな事を、そんな顔で言うんだ。


 俺は全く納得がいかなかった。

 本当に嫌なら、それで構わない。

 迷惑なら、二度とこない。


 でも、無理に人を遠ざけているように見えたからだ。


 まぁ、そう見えたなら、彼女の意思を尊重して、どっかいけという話だけど……。


 俺は頭が悪いし、察しも悪い。

 だから見極めたい、知りたい。

 あと一度だけでいい。チャンスがほしい……。



「でも、また来週、来ていいか? 帰りになるから、今ぐらいの時間になると思うけど……」


 それを聞いた途端に……彼女の表情は再び曇る。


「だから、もういいって。私の事はー」


 俺はまた湧き上がった感情に突き動かされる。


「さっきから、何を言ってるんだ? ただ単に俺は、昨日公園で友達になったお前に会いに来てるだけだ。

 頼まれたからじゃない、同情なんかじゃない、事情を知ったからじゃない……勘違いするな」


 俺のキザな言葉を聴いた彼女は呆れからか、驚きからかポカンとしている。言葉を失っていた。


「……ごめん、ちょっとキツイ言い方だったな。

 とにかく……次の火曜にまたくるから」


 俺は恥ずかしさから、彼女の答えを聞かずに、一方的に約束して病室をあとにした。

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