第4話 桜の出会い②
「なぁ、ちょっといいか?」
女生徒は俺が声をかけると、大きく驚きこちらに振り向いた。
そして俺の顔を見て、至極真っ当な疑問をぶつけてきた。
「…………誰ですか? 何か私にようですか?」
「えっと、いきなり声かけられて、びっくりするよな……ごめん」
「はい、とっても……」
女生徒の顔には不安が溢れている。話しかけてから、かなり後悔した。 冷静になった。
これじゃ、ただの不審者。もしくはナンパ男だ。
もう後の祭りだけど、俺の格好を考慮すれば、ギリギリ許してくれないだろうか……。俺は警戒を解いてもらうため、まずは身分を証明することにした。
「その……制服を見てもらえば、わかると思うんだけど、俺も同じ高校なんだ」
「そうみたいですね……」
女生徒はチラリと俺が着ている制服を確認すると、攻撃的な態度は少しだけ落ち着いた気がした。よかった……。
「それで同じ一年だろ、入学式はいいのか? もう、とっくに始まってる時間だ」
それを聞いた女生徒は、あぁそういうことと、腑に落ちた様子をみせる。
「大丈夫……私には意味がないことだから」
意味がないこと……どういう事だろうか。
まぁ確かに今更行っても、あまり意味はないか?
「そういう、貴方は……?」
「一応は、今からでも行くつもりだ」
「へぇ、そうなんだ……。なら、私に構ってないで、貴方は早く学校に行ったら?」
用が済んだら、もう満足だろと言わんばかりに、冷たくあしらわれた。
過剰な受け取り方をするなら、もう関わってくるな、あっちいけといった感じだった。
まぁ、その認識で間違えてないと思う。俺に興味がないのだろう……もう顔を背けている。
これはハッキリと見える拒絶だ。
名前も知らない彼女のそんな様子をみて、少しだけ、何故かわからないけどムキになって、また俺は普段取らない行動に出た。
「いや、やっぱり……俺も今日は休んじまおうかな。
どうせ、もう大遅刻だ。今更行っても何も変わんないし」
軽口を叩くように、立ち去る気はないと……そう遠回しに伝えた。
俺は無視されると思っていた。
でも、意外な事に返答は帰ってきた。
「……そう? 高校最初の一日は重要よ。今からでも遅くないと思うけど」
それは意味がないと言った彼女の発言とは思えないもの。それとも、俺を追い払うために言ったものなのか、また疑問に思った。
「なら…………一緒にいくか?」
「いやよ」
即答……。
「だよな……わかってる。俺ももう行く気なくなってる」
「そう……」
暫しの沈黙……。昼前の公園は静かで、まるで自分達しか居ないように思えた。
だからこそ一度喋らなくなると、途端に意識してしまい。何を言えばいいか分からなくなる。
何か……何か話題を……。
ていうか「一緒に行くか?」はヤバいだろ。俺は気が動転でもしてるか?
そんな事を考えてる俺に、彼女は容赦なく冷たい言葉をふりかける。
「まだ、なにか用? 学校に行かないなら、帰らないの?」
「いや、もう少し桜を見とく」
「勝手にどうぞ」
そうだ……と俺は最初に浮かんでいた疑問を聞いてみることにした。
「質問なんだけど、ここで何してるだ?
桜見でもしてるのか?」
「……それは答えないと駄目?」
「別に嫌ならいいよ……。ただ、気になったんだ。なんで帰らずにここにいるのか」
観念したのか、それとも早く開放されたと思ったのか、彼女はアッサリと話してくれた。
「……絵を描いてた」
「絵?」
「そう……朝からずっとね」
そう聞いて、手元を見てみれば、確かに一冊のスケッチブックが置いてあった。
「まず私は遅刻なんてしてない。学校に行きたくなかったから、暇つぶしでここで絵を描いてた」
まさかの告発だ。登校のボイコットとは、予想だにしていなかった。
……けど、わかる気もするか。個人差はあるだろうけど、入学式って心に少しストレスがかかるから。
新たなスタートは、大きく変化した環境に飛び込むようなもので、慣れるまでは本当の意味で心が休まることはないし、馴染めるかどうかの不安だってある。
そんなストレスに、わざわざ身を投じる気にならない人もいるだろう。
……まぁ彼女の場合がどうかは、知る由もないけど。
「理由は知らないけど、いいんじゃないか、一日くらい。ていうか俺もだし」
「まぁね……」
「それで、絵はやっぱり桜の絵を描いてたのか?」
「そう……よかったら、見てみる?」
彼女の方からそう言われるとは、思っていなかったし、見たかったから嬉しかった。
だから俺は同意ともに、首を縦に振る。
「はい……どうぞ」
彼女はスケッチブックを開き、手渡してくれた。
あまりに躊躇なく、見せてくれたもんだから。相当、腕に自身があるのかと思っていたけど、ふたたび髪の隙間から見えた彼女の目は少し怯えている様にみえた。
「……ありがとう、見させてくれて」
開かれた、そこには色鉛筆で描かれた桜の絵があった。
公園を模写したというよりは、公園の桜を参考にしたといった感じで、絵の舞台はここではなかった。
沢山の桜の木に囲まれたどこか……。
そんな彼女の桜の絵を、上手な絵と簡単にいってしまうのは、勿体ない。
色合いは鮮やかに、春の桜の温もりがよく表現されていると思った。けど、そんな素人目線からしか判断できないのが、悔しいとも……。
正直、俺は絵や美術品に知識も理解もないし、興味もあまりない。
でもだ。こんな優しく真っ直ぐな絵だったら、もっと見てみたい……そう思ったのだ。
「……なに? 感想はないの?」
俺は心を奪われていたため、すぐに感想を言えずにいた。
折角、勇気を出して見せてくれたのに、そんな俺はマナー違反だった。
でも、なんと言えば……。
俺はわからないまま口を動かす。だから、直感的に感想を言っていた。
「ごめん……見惚れてた。綺麗な絵だな」
あぁ、穴があったら入りたい。
こんな恥ずかしい言葉を……真顔で言っているのは痛過ぎる。
でも、彼女はそんな俺の恥ずかしい褒め言葉に……
『ありがとう……とても嬉しい』
と感謝の言葉を返してくれた。
顔は見ていなかったけど、彼女は笑っていたと思う。
だって……とても満足したと目は言っていたから。
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