第2話 貴方との世界
彼女は、今日も『絵』を描いている。
朝から、かれこれ5時間ぐらいか……。
そろそろ俺の腹の虫が鳴く頃だ。
でも、彼女は微動だにしない。
絵に夢中でそんな事、気にならないんだ。
土曜の朝から『学校に来て』と言われて、何事かと思って急いで来てみれば、やはり新作発表会だった。
インスピレーションが急に降ってきたのだろうな、実に嬉しい限りだ。
早起きは苦手だが、俺は何よりも優先して、誰よりも早く彼女の絵を見ると決めているから……根性で起きてきた。
そして、今に至る……。
この元美術部の部室、もとい彼女の専用工房となってしまっている美術室では、もう見慣れた光景……。
大きな長方形のキャンバス……長辺は彼女の上半身を軽く覆うぐらいのサイズだ。
パレットには色彩豊かなアクリル絵の具達……いつも使ってるお気に入りのメーカーのもの。
度々買いにいくから、もう覚えてしまった。
そして、イーゼルの前に仁王立ちして、書くのが彼女のスタイル。
そんな彼女を後ろから眺めている俺は、また呆れて気味に言う。
「いつもながら、よくもまぁ何時間も集中が続くよな……」
俺の小言に対し、彼女はいつも同じ答えを返す。
これに対する答えを知っているのに、いつも同じ事を言ってしまうのは……その言葉が聞きたいからかもしれない。
「だって、楽しいから」
けど楽しいからといって、昼を抜くのは当然ながら身体に悪い。
それも何度も言っているのに、彼女は聞く耳を持ってくれない。
まぁ……これは昔からの彼女の主義なんだ。
少しでも筆をつけた絵は、その新鮮な想いを全て乗せるために、一度で書き上げたいんだとか……。
「今日は何時間の予定だ?」
「時間じゃ足りないかも、今日一日」
一日とな……。一体、どれ程の大作なんだか。
あとで軽食は買ってきておいた方がいいだろう、流石の彼女も倒れてしまう。
「そうか……超大作だ」
「楽しみでしょ?」
「そりゃ、チョ〜楽しみだ」
「えぇ? なんか軽くない? ほんとに思ってる?」
俺は本心をぶつけたんだけど、軽く言ってるように見えたらしい。
おかしいな……行動でも示しているのに、伝わってないなんて。
一刻も早くみたいと思っているから、こうして後ろでスタンバっているんだから。
「当たり前だ」
「そう……いつも、ありがと」
彼女は短く答えた。
話の間も、筆は滑るようにキャンパス状を進み、一切の迷いはない。止まらない。
「もしかして、目を瞑っても描けるかも」と
軽やかに笑い、冗談を言ってきた。
「無理じゃないだろ」と同じくらいに笑って返す。
彼女は「……う〜ん。余裕だね」とまた小さく笑った。
俺は半分冗談ではなかった……。
だって、もう彼女の頭の中では、絵は完成しているのだから。
あとは構成された『ビジョン』を表現できるかどうかだけ……。
でも、その心配もいらない。
彼女はいつも完成した絵を見て、『今日も完璧』と満たされたように言っているから。
彼女は思い描いた絵を、間違えて描いたことはないのだ。
少なくとも俺が知る限りは……。
本人曰く、この領域に到達するのに、とても苦労したらしい。
自分が想った像を、まず正確に精度高く、脳内に描き続ける事が難しかったとか……。
つまり、それが出来なければ、最終的にできた絵と最初に思い浮かべた絵が乖離してしまうという訳だ。
そんな絵に対して、変わった拘りを持つ彼女の描く絵の内容も…………いつも決まっている。
まず第一に『自分が写っている絵』であること。
シチュエーションは様々で、上を向いていたり、後ろ姿であったり、俯いていたり、笑っていたり、泣いていたり……自由にその絵の世界を散歩、旅行しているかのように、描かれている。
そして第二に、背景となる舞台は見知らぬ土地、ファンタジー、ファンシーチックな世界であること。
『何ものにも縛られない、夢がある世界』であること。
実際、今まで描いてきた作品を思い返すと……。
・『桜の絵』
山の中に沢山の桜の木……いや、桜の木しかない山の中で、桜と共に佇む彼女がいる。
「これは、『桜の木が生い茂る山にきた私』の絵」
「綺麗だな。
やっぱり桜……好きなんだ」
「好きだよ、だって桜の木は美しいでしょ。
それに……」
「それに?」
「……ううん、なんでもない」
・『天使の絵』
綺麗な羽を大きく広げ、自由を求めて力強く羽ばたく天使と、それを助けるかのように飛ぶ鳥たちの絵……そんな印象。
「天使になって、鳥と一緒に、自由に空を飛ぶ私……」
「鳥と飛ぶために……天使になったのか?」
「そう、人には飛ぶ翼がないから……仕方ない」
「だったら、鳥でもいいだろ?」
「それはもう、鳥に生まれ変わった私になるから、却下」
「う〜ん……違いあるか?」
・『奇妙な世界の絵』
「不思議な国に来てしまった私……」
青白いウサギに手招きされ、不思議な世界の深い沼にハマっていくかのように、たどたどしく歩く姿が描かれていた。
「あの不思議な国か?」
「そう、常識に囚われない不思議に溢れた場所……。
そこでは、非日常が日常のように繰り広げられる。そんな面白く狂ってる世界って、絶対に面白いでしょ?
来てしまったなんて、嘘……是非行ってみたいな」
「俺は行きたくない……今の日常も悪くないし」
「……そうね。私も」
「いや、どっちだよ」
「違う……どっちもなの」
・『暗く閉ざされた未来世界』
人っ子一人いない……超高層ビルに包まれた街。 それは機械に支配されたように見える。
そんな街を外から物寂しそうに眺めている彼女の絵……。
「これは私の想像する未来の世界……」
「こう……なんか珍しく暗いな」
「機械に包まれた街をイメージしたんだけど、ちょっと未来的じゃなかったかもね」
「そうかもな……」
他にも色々あったけど、なんだか懐かしいな……。
やっぱり、どれもこれも彼女の夢の世界だと思う。
それに今、思い返すと桜の絵は……。
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