図書室の物知りさん
一正雪
第1話
図書室の投書箱に相談事や悩み事を入れると解決してくれるという噂が、この学校にはある。
いつ、誰が、どうやって解決してくれるのかは分からない。
そもそも投書箱自体もいつの間にか在って、いつの間にかなくなっている。
まるで学校の七不思議の一つのようだ。
そして、今日も一人悩める少年が図書室にやってきた。
「確か、この辺だって聞いたんだけどな・・・・・えっと、歴史のコーナーの奥で、小さな台の上にあるはず・・・・」
ぶつぶつと少年は何かを探しながら、図書室の奥へ進んで行く。放課後の図書室は、人もなく、入り口近くのカウンターには図書委員が一人座って本を真剣に読んでいる。少年が入ってきたときにちらりと視線を向けただけで、そのまま本を読み続けている。
古い本の少しかび臭い匂いがする。少年が本棚の本を視線で追いながら、本棚と壁の隙間に置かれた小さな台の上の投書箱を見つけた。
「あった・・・!」
少し顔を綻ばせながら、少年はポケットから小さく畳んだ水色の紙を出した。
それを投書箱の上に開いている口からすとんと入れた。そして、手を合わせてまるで神社でお祈りでもするように小さく「よろしくお願いします。」と唱えた。
少年は目的を果たすと、そのまま逃げるように図書室を後にした。入り口のカウンターにいた図書委員は、ドアの開く音に反応して顔を上げた。何も借りて行かなかった様子を見て、図書委員は立ち上がって先ほど少年が向かった方へと歩き出した。
「これは、これは、中々興味深い。」
図書室の奥の少し薄暗いところに、男が一人立っている。さっきまで誰もいなかったはずだ。その男はどこか影が薄くて、髪の色も青と緑を混ぜてすごく薄くしたような儚い色をしている。視線に気が付いたのか男が振り返って図書委員の方を見た。
「やぁ、久しぶりだねぇ、藤次郎。今回は、いつもより楽しめそうだよ。」
そう言って水色の紙をひらひらとさせて見せた。藤次郎と呼ばれた図書委員は、少しも楽しくなさそうな顔をして男を睨みつけている。
「毎回、僕が図書委員の時に投書箱を置くのをやめてよね。それに僕は藤次郎じゃなくて、政宗(まさむね)、灯士(とうじ)。わかった、楽(らく)さん。」
腰に手を当て、灯士は楽さんと呼んだ男を睨んだままいる。
「だから、藤次郎なんだろう。まぁ、それは置いといて、こちらの紙を読んでくれないかい。」
灯士は楽から渡された紙を渋々受け取ると、視線を紙に向けた。そこには、こう書かれていた。
” 図書室の物知りさんへ
ぼくの友だちを探してください。
放課後にかくれんぼをしていたら友だちがいなくなってしまいました。
学校の先生や他の友だちに聞いたら、そんな子は知らないと言うんです。
でも、ぼくはたしかにその子と友だちなんです。ずっと小さいときからいっしょにいました。
なのに、おとといかくれんぼをしている時に見つからなくて、みんなに言ったのにそんな子はいないって言って探してくれなかったんです。ぼく一人で探してもずっと見つからなくて、その子の家にも行ったんだけど、そこにはなかったんです。
図書室の物知りさんだったら探してくれると思って、投書しました。
ぼくの友だちを探してください。おねがいします。
3-3 陶(すえ) 多々良(たたら) ”
灯士は、顔を上げて楽を見た。
「楽さん、これってもしかして・・・・・」
少し困惑したような表情をした灯士は、口を開けたままそれ以上言えなかった。
「そうだね、きっと僕らの仲間のいたずらか、もしくはその友達が僕らの仲間か。」
楽は、少し笑ったような表情で嬉しそうに灯士を見た。
灯士はため息をついた。楽の楽しそうな雰囲気に、今回は少し手間取りそうだと思った。
すると、図書室のドアが開く音がして、誰かが中に入ってきた。
「政宗くん、いる?そろそろ時間だから、図書室閉めるよ。」
ツカツカと靴の音を鳴らしながら、図書委員の担当の先生が奥へと向かってくる。
灯士は、入り口の方へと歩き出した。
「先生、こっちです。今、片付けます。」
そう言って灯士は、カウンターの本を片付けて、ランドセルを手に持った。
「いつも一人で当番してもらってごめんね。今日もありがとう。」
灯士の目線に合わせるように、先生が腰を曲げて灯士にお礼を言った。
灯士は首を振って、
「一人が好きなので、大丈夫です。」
と答えた。「そう?でも、ありがとう。」と言いながら、図書室の鍵を先生は閉めた。
かくれんぼで神隠しなんて、良く聞く怪談か、都市伝説のような気がするけど、あの陶くんにとっては大切な友だちなんだろう。
早く見つけてあげたいけど、僕には全然分からない。楽さんは、なんとなくわかっているようだったけど、あの後、先生が来て、話が途中になってしまったからどうすればいいか分からないまま学校から帰ってきてしまった。
自分の部屋で机に向かいながら、投書箱に入れられた紙を広げて灯士は頬杖をついた。
外は、薄暗く、外には外灯の明かりがちらほらと見え始めていた。
そんな様子を視界に入れながら、外を眺めていた灯士の前に一つの点が近づいてくるのが見えた。
それはどんどん近づいてきて、窓をすり抜けて灯士の部屋に入ってきた。
うすぼんやりと光るそれは、形を徐々に大きくしていき、人の形に近づいた。
「ら、楽さん!!学校から離れられないんじゃなかったの!?」
椅子から立ち上がってその様子を見ていた灯士は、大きな声を出した。
「あぁ、そんなことも言ったかなぁ。まぁ、校区内くらいは動けるよ。それより、あの投書の願いを叶えなくてはね。」
そう言って、楽は灯士に付いてくるように促した。
さっきまではまだ太陽の明かりで少し明るかったのに、今はほぼ外灯の明かりがないと周りが見えない。そんな中、すいすいと楽は灯士の前を進んで行く。
離されないように灯士は小走りに後を追った。
すると、学校の近くの公園に着いた。
「多々良君たちが一昨日、遊んだ場所はここのようだ。そして、5人のうち一人が消えた。消えた子の名前は、千々岩(ちぢいわ) 和人(かずと)君。学校の名簿を調べたら、名前はなかった。ただ、不自然に消えていた。ということは、妖怪の仕業と考えるのが妥当なところだ。」
少し歪んだ笑顔を作って、楽は灯士を見た。
すると、外灯でできた灯士の影がゆらりと揺れた。それは、地面から立ち上がるように伸びて灯士を包み込んだ。影に包まれた灯士は、一歩も動けなかった。
「やれやれ、まだ話は終わっていないのに、気が早いねぇ。」
影に包まれた灯士を見ても動じることなく、楽はのんびりとしている。
影はさらに大きくなり、灯士を包んだまま今度は楽を取り込もうとしていた。
しかし、楽が手のひらを前にかざすと、強い光が放たれた。
影はなくなり、灯士がその場で倒れそうになるのを、楽が支えた。
そして、小さくなった黒い影が逃げるのをどこから来たのか、大きな白銀の狼が足で押さえた。それをそのまま口に加えて、狼は楽の元へ持ってきた。
「ありがとう、よくやったシロ。」
狼の頭を軽くなでて、楽は灯士を抱えて立ち上がった。
「さて、隠した子達を返してもらおうか。」
シロの口にいる影をみて楽はきらりと目を光らせた。
翌日、図書室に灯士が行くと、陶くんと千々岩くんが来ていた。
あの後、影は他にも子供たちを隠していた。
かくれんぼの手伝いをしているつもりだったみたいだ。でも、誰も探せない影にいれて記憶まで消してしまうところまで力をつけてしまっていた。
今回、楽さんが解決しなければもっと被害は出ていたかもしれない。
かくれんぼというただの遊びが、二度と戻ってこられないなんて悲しすぎる。
図書室の物知りさん 一正雪 @houzuki
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