第10話

 彼が落下したところに近い、ビルの屋上。

 これぐらいの、高さ、だろうか。


「飛び降りる気か?」


 うん。

 だって見えたもん。

 あなたが。

 落下して。


「おええ」


「おええって」


「大丈夫。何も食べてないから」


「そういう問題じゃないだろ」


 彼がいる。

 しぬまえの、ほんの少しの、幻想。


「わたしね。着飾って歩くの。それが仕事」


「じゃあ、飛び降りるのは仕事じゃないな」


「空中でも、きれいに歩いてみせるわ」


 そして、あなたのところに。


「あなたは。落下して、わたしの前でぐちゃってなるのが仕事?」


「まぁ、仕方なかった。説明しても分からんと思うが、思いの強いところに出るんだ。それが、ちょっと着地をずらそうと思って。ああなった」


「なんでずらしたのよ」


「おまえが歩いてたんだろ?」


「まあ、そう、だけど」


 彼のほうを見る。


「ん?」


 彼の。

 ほうを。

 見る。


 彼がいる。


「あれ。また、ぐちゃってなる?」


「いや、おまえが飛び降りない限り俺も飛び降りないけど」


「ねぇ。本物?」


「偽物がいるのかよ」


「どういうことなのよ」


「だから、思いの強いところに」


「分かんないわよ」


「じゃあ説明は無理だ。落下して、そこそこ身体をいためた。それだけだ。べつに血も出てないだろうが」


「うそ。うそうそうそ」


 彼の身体をさわる。


「いやさわらないでほしい。いたいいたい。一応けがしてるから。色々と」


「そっか。え。でも。誰も覚えて」


「覚えてるわけないだろ。急に空からひとが落ちてきたって言って、信じるやつなんていない。そして、そういう情報は脳が勝手に捨ててしまう」


「え、でも」


「そうだよ。なんでおまえ覚えてるんだよ」


「だって」


 逢いたかったから。


 また、逢えたら、って。


「うええ」


「いやいやいや。生きてるから。けがしてないよ。ほら。いたたた」


「ちがうよ」


 泣いてるのに、なんか。かんちがいされた。


「ええええん」


「あ、泣いてるのか。もう飛び降りないな?」


「飛び降りない」


「よし。それでいい」


 また、逢えた。

 とりあえず、今は。


 それでいい。


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