第9話

 誰も、彼のことを覚えていなかった。

 昨日のファッションウィークについて聞いても、走られてびっくりしたとか、カメラを飛び越えるのはひやひやしたけどとても良い画だったとか。

 誰も、落ちてくる彼のことを。


「うっ」


 おええ。


「あ、いえ。ごめんなさい。大丈夫です」


 何も食べてないから、何も出てこないです。


「はい。ありがとうございました」


 彼はいない。

 昨日の、あれは。

 わたしの見た、幻なのか。

 彼は。

 空から落ちてきて。


「おええ」


 おなかすいた。


「ひさしぶりかも」


 おなかすくの。

 彼がいなくなってから、何もかもが白黒で。おなかなんて、すかなかった。


 げんきんな性格してるな、わたし。

 彼がしんだと、思ったら。おなかがすくなんて。


「はぁ」


 わたしも。

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