「えっ、ちょっと、祐さん?!」

オープンカミングデー2日目。


今日は吉谷の知り合いが来るとか言ってたっけ。オープンカミングデーの時は全社員のうち半分が休みになるのが慣しで、昨日出勤したオレは今日は休みである。


休みの日は大抵舞子の所に行く。隠れ家のようになっているのが好きだ。


「あら、祐いらっしゃい。ちょうど良かったわ。ちょっと頼まれてくれない?」

日曜日ということもあり、忙しそうな舞子の頼みでオレは急遽お使いに行くことになった。


「えっと、トイレットペーパーとサラダ油とオリーブオイルと…」

手渡されたメモを見ながらスーパーまで歩いて行く。植栽の銀杏の若葉がチラチラと見え始め、うっすら緑に色づき始めているのに気づいた。昼間はもう半袖でも十分なくらいに暖かい。

「あれ、祐さんですよね?」

不意に脇道の方から声をかけられ、その方を見ると紙袋を持った愛斗がいた。


「おぉ、愛斗じゃん。まだこっちにいたんだ。買い物?」

「はい。お店はこちらの方が充実していますので。祐さんもですか?」

「ああ、オレは友達のカフェの買い出し。結城舞子って知ってる?」

「結城舞子…確かインスタやってますよね。

この方ですか?」

「それそれ。そいつのカフェの手伝いやっているとこ。」


愛斗はスマホをササっとスクロールして投稿や現在地からの距離を調べて「こんな近くにあるんだ」と呟いた。


「良かったらついてくる?買い出ししてからなら案内できるし。」

「ええ、ぜひ!」

軽快な口調で返答されたオレは、愛斗とともに買い出しに行くことになった。



「おかえり…あら、初めましての方かしら?」

店に戻ると店内は落ち着いている様子だった。ちらほら常連客の顔が見える。

「こちらは愛斗。千佳の双子の弟で、偶然会ったから連れてきた」

「初めまして、清原愛斗です。いつも姉がお世話になっております。」

「初めまして。私はこのカフェのオーナーを務めています、結城舞子と申します。本日はご来店ありがとうございます」

2人の挨拶を見届けてから、オレは買い物袋を持ってキッチンへと入る。

「えっ、ちょっと、祐さん?!」

愛斗が慌てた様子で呼び止める。

「どしたん?愛斗」

「いや、お手伝いだからとはいえ流石にキッチンに立ち入るのはマズイかと…」

「あら、大丈夫よ?祐は元々ここのアルバイト店員なんだから」

「そういうこと。愛斗はその辺テキトーに座ってな。微糖のアイスコーヒーでいいんだっけ」

「あ、はい、いやでも…」

「いいから、いいから」

オドオドする愛斗に座るよう促して、オレは大学生時代のアルバイトをしていた記憶を引き出しながら準備に取り掛かる。

「こうやって舞子と2人でやるのっていつぶりだっけ」

「そうね…ってコラ、私のことはオーナーと呼びなさい」

「了解、オーナー」


「お二人は昔からの仲なんですか?」

愛斗が不思議そうに尋ねる。

「まあ、そうだな。オレと舞子は大学時代からの付き合いで、このカフェは元々舞子の親父がやってた店。元バイト仲間でもあるな」

「そうなんですか」

そうこうしている間に舞子、いや、オーナーがアイスコーヒーをカウンターに置く。

「愛斗さん、ゆっくり寛いでいってくださいね」

「あ、ありがとうございます。結城さん」

愛斗は一口飲んで「美味しい」と呟いた。

「舞子、オレにもいつものやつ」

「ブラックのアイスコーヒーね。買い物と収納助かったわ。これお礼ね」

「ああ、さんきゅ。」


お礼として出されたのはお店には未だ出されない試作品。お手伝いの報酬としてスイーツの試作品をただで食べている。今回は苺のタルトのようだ。

「味どうかしら」

「うーん…ちょっと甘ったるい感じがするから、シロップをもうちょい少なめにしたほうがいいかも」

「シロップ少なめね。もし宜しければ愛斗さんも試食されます?」

「僕で良かったら、頂かせていただきます」

舞子は分かったわ、と応じるとオレのものと同じケーキを出した。

「…うん、確かに甘だるい感じはしますが、ブラックのコーヒーだと相性がいいと思います」

「お前ガチで言ってんの?ゲロ甘じゃねーか」


「こら祐!そんな汚い言葉使わないの!」


ペシッと舞子がメニューでオレの頭を叩く。


「痛ってぇ…何しやがんだ」

前頭部から頭頂部にかけて、細長いコブができている。チクショウ。

「今のは裕さんが悪いです。反省してください」

愛斗もプクっと頬を膨らませて怒ってくる。

…アレ?なんか可愛いぞ?

タメであるはずのこの男に何故かキュンと来る。


「わ、悪りぃ。」

ちょっと気恥ずかしくなって目線を外すオレに、舞子が何かを察した気がした。

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