「いつもアホな千佳がお世話になっております」

約2週間後。


今日から2日間、オープンカミングデーが開催される。地域住民や就活生、学生、社員の家族、取引先、社員や役員、株主など様々な人がこの会社に訪れる日だ。こちら側としても来客側からしてもメリットが大きく、1番会社が力を入れているイベントである。


この日千佳の弟が来るとのことでオレは正面玄関で案内役をしながら待っていた。

「祐ーお待たせ!愛斗連れてきたよ!」

「千佳、あまりはしゃぐなよ。目立ってんじゃん」

学生のようにはしゃぎ、手を振りながらかけて来る千佳と、対照的に薄手のコートのポケットに手を入れて歩いてくる愛斗…くん(何回か会っているが呼び方が未だに分からない)。


「今日はお越し頂きありがとうございます。営業部の新木祐菜です。本日は案内役を務めます。どうぞよろしくお願いします」

「いつもアホな千佳がお世話になっております、清原愛斗です。こちらこそお願いいたします」

途中で「アホじゃないもん!」と主張する千佳は置いておいて、オレは名刺を渡し、愛斗くんは院生証を出して写真を撮らせてくれた。会ったことはあるものの、社員と来客という立場では初めてだからな。しっかりと挨拶はしておくべき。


「どうする?案内。千佳がやる?」

「そうだなー、私やろうかn」

「新木さんでお願いします。姉に任せると迷子になりそうで」

「確かに」

「確かにって酷い!」

実際新卒の時になったしな。

結局オレは愛斗くんの案内人に、

千佳はオレに代わって玄関先の総合案内人になった。


「新木さん」

2人だけになって先に口を開いたのは愛斗くんだった。

「どうしましたか?」

「呼び方なんですけど、呼び捨てでいいですよ。同い年ですし愛斗くんって呼ばれるの何か気恥ずかしくて」

「分かりました。プライベートな場ではそうお呼びしますね。ただ今は仕事中ですので、…そうですね、愛斗さん、はいかがでしょうか?」

「分かりました。それでお願いします。僕は新木さんとお呼びしてもいいでしょうか?」

「ええ、構いません。」

なんか堅苦しいやり取りだが、2人きりの会話はこうして幕を開けた。


「まずはこちらの部屋で弊社について説明させていただきますので、21番の席におかけください」

堅苦しい会話の後、オレは説明会場に愛斗さんを通し、次の準備を行うために会場を離れる。緊張したな…


「セーンパイ♡お疲れ様でーす♡」


後ろから甘ったるい後輩の声が肩を叩く。

振り向くとその声主ともう1人の姿があった。

「お疲れ様。2人とも案内ありがとう。次の仕事に取り掛かるわよ」

「そんなことよりセンパイ、教えてくださいよ!ちーちゃんの弟くんて何処ですか⁉︎」

「ちーちゃん?誰ですか?」

「トボけないでください!前センパイと一緒に居た、経理部の人ですよ!」

ああ、千佳のことか。あの短時間でよくそこまで仲良くなれたな。

「イケメンと聞いて顔を拝みに来たんです!

どの人ですか!?」

「吉谷のことはどうなのよ。貴方吉谷のことにご執心じゃない。」

「それはそれ、これはこれです。いけませんか?」

ハンターの後ろでえー…と吉谷が軽く引いている。良かったじゃないか、分散されて。いきなり知らない女に追いかけられる愛斗さんからすればたまったものじゃないだろうが。

こういう時は女で良かったとつくづく思う。


愛斗さんの身を守るため「後でね」とだけ言い残し、オレと吉谷は次の会場準備の手伝いに行った。



「それではただいまより、社長のお話や現役社員の話が聞ける立食パーティーを開催いたします!」


司会者の言葉を合図にパーティーが始まった。和洋中何でもありの様々な料理を作ったのは毎度お世話になっている、我が社の社員食堂の職員の方々。どれもこれも美味しそうだ。

「ゆうちん、何かお好きなものありましたら俺が取りますよ」

「いや、いいよ。それよりお客様の接待をしてくれ。自分のことは自分でする」

「はい、分かりました」


お客様の元へと移動する吉谷の背中を見て元気そうで安心する。ハンターからの呪縛からようやく解き放たれたかイキイキとし出した気さえする。それに伴い吉谷からオレへのラブコールが再開したのはマイナスだが。


そんなこと考えながらアルコールを嗜んでいると、後方から声をかけられた。

「センパイ、ちょっと」

振り向けばそこには、ハンターがいた。

十中八九、いやほぼ十で愛斗さんのことだろうな。

「どうしたの?あゆゆ。」

「どうしたのってセンパイ、忘れたんですか?私にあのイケメン弟さんを紹介するって話を。それにさっき、後でねって言ってましたよね??」

あーなんか言っていたっけ…

何となくだが、吉谷が以前よりもオレの側に居たがらない理由も分かった気がする。

「そうだったわね。ちょっと千佳に聞いてみるわ」

そう言ってオレはスマホで連絡をとってみることにした。



_____十数秒後。人間を縫って現れた清原姉弟とオレ、ハンター、少し遅れて吉谷は一堂に会した。なお自己紹介は省く。


ハンターは「清原愛斗さんって言うんですね!お名前もお顔も素敵です!私のことはあゆゆとお呼びくださいね♡」と猛アピールし、愛斗さんは「あ、はあ、どうも」と嬉しいのか、照れているのか、困っているのか、迷惑なのか、何とも言えない反応を示す。

一方で千佳と吉谷は久々の出会いを懐かしんで…いなかった。何故か千佳が吉谷に卍固めをしていたからである。


「え、あの、千佳? な、何やってんの?」

「お仕置きだべ〜 見て分からぬか?」

分かりそうだけど分かりたくない。

「あ" ゆ"ゔぢん"ざん"、お"れ"の"ごどわぎにじな"い"でぐだざい"。ぎょがじでま"ず」

…卍固めって許可もらってするものだっけ。

ちょっと詳しい人教えて欲しい。ってそれより!

「あの、今会社外の人もいらっしゃるからそのような行動は慎むように。分かった?」

「分かった!」

分かったと言いつつも卍固めを外さない千佳。聞くと3ヶ月分の恨みを晴らすまでは緩ませられないとのこと。そしてそれを了承する吉谷。二人してこんな場所で何やってんだか。


独特な世界を作っている二人は置いておき、オレはハンターに襲われていた愛斗さんを救出しに向かった。



「ごめんね、ウチの社員変なのが多くて」

パーティー会場から遠く離れたとある廊下。

救出後、ハンターを撒くためにひたすら逃げまくり、やっと見つけた安息地にオレらはいた。お詫びとしてオレは愛斗さんに自販機の缶コーヒーを奢った。

「いえ、あの千佳が入社できるような会社ですから、多少覚悟はしていました笑」

そう言いながら愛斗さんは缶コーヒーを受け取った。ちなみに彼のご希望で微糖のアイスコーヒーである。


「まあ今日はイベントみたいなものだから浮かれているせいかもしれないけどな。いつもはここまで酷くないし」

「そうなんですか、少々濃ゆめな気がしていたのですが。それを聞いて安心しました」

微笑みを浮かべる愛斗さん。確かにハンターが夢中になるくらいの素晴らしいイケメンだ。

「どうしたんですか?」

いけない。ついつい夢中になって顔面をみつめてしまっていた。

「あ、いや、何でもない」

オレは慌てて自分のブラックの缶コーヒーを飲み始めた。


「そういえば、こうして愛斗さんと2人になるのは初めてだよね」

「そうですね、以前お会いした時は姉たちもいましたもんね」


オレと愛斗さんが初めて会ったのは大学での学祭。オレも千佳も、そして当時学齢に遅れがなかった愛斗も高校3年生だったころ。愛斗は当時治療してなかったから「愛佳」だったっけ。この時は互いの高校の友人も一緒で2人になることはなかった。


「懐かしいなー、あれからもう7年経つのか。オレも歳取るわけ…あ」

「まだまだ若いですよ、新木さん。まだ僕ら25ですよ?これからこれから」 


しまった。気が緩み「オレ」が出てしまっていた。隣の彼を見ると愛斗さんはすぐにこちらに気づき微笑んだ。

「さっきの気にしています?大丈夫ですよ。

薄々気づいていましたし」

「そ、そうなのか?」

「はい」

フッと肩の力が抜ける。気持ちが軽くなったようだ。


「気づいていたならもう取り繕わなくていいか、愛斗になら。会社にはまだ言ってないから引き続き取り繕うけどな」

「そうなんですね。まだカムアウト(カミングアウトの略)できるような雰囲気ではない、ということですか?」

「んー…雰囲気は悪くはないけど、必要性を今は感じていないって感じ。」

「なら性差を気にせず働けるという感じですかね」

「そう、そんな感じ」


「あ!いたーーーーーー!!」

いきなり響きわたる甘い声に思わず驚くオレら。掴んでいた缶コーヒーを危うく落としそうになった。


「先ほどはどうも」

愛斗がベンチから立ち上がって会釈する。さすがは双子。律儀な所は千佳に似ている。

「もう!センパイのせいで私、愛斗さんと話せなかったじゃないですか!愛斗さん、あっち行きましょ」

ハンターは腹が立った状態でズンズンと歩きながらそう言うと愛斗の手首を掴み引き摺り出そうとした。体格的には難しそうだが。愛斗はしばらく手首を掴まれたままでいたが、それを振りほどき、「自分の我儘を押し通そうとする人、僕は嫌いです。このままお引き取りください」とハンターに言った。言うなぁ、愛斗(笑) ハンターも最初はあーだこーだ言っていたが、愛斗に一蹴され、仕舞いには泣き腫らした顔でこの場を離れていった。


「おつかれ、愛斗。大変だったな」

「そちらこそ、毎日あの人と一緒に働いているなんて尊敬します」

「ああ見えてハンター、仕事はできるんだよな」

「ハンター笑 意外ですね」

「だろ?」


そんな会話しながらオレたちは余ったコーヒーを飲み干して、パーティー会場へと戻った。

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