「ゆうちんが居るなら頑張ろうかなって♡」

「千佳。お前の弟って確か…」


オレが思い返すように聞くと千佳は笑って

「厳密に言えば元妹の弟、だね」と表現した。


千佳の弟、愛斗(25)は双子の弟。現在は九州大学の大学院1年生と聞き覚えがあり、オレも何度か会ったことがある。学歴が遅れているのは治療と単純に留年のためなんだとか。


「愛斗、今度の会社のオープンカミングデーに来るって。研究職での就職希望だとよ」

「へぇーこっち側の道に進むんだ。意外だな」

「まあメイクって今じゃ性別関係なしにするのが当たり前だからねー」


オレたちの会社は様々な商品を扱っていて、化粧品もその一つ。その会社では年に4回ほど、2日間オープンカミングデーというものを行っている。実は吉谷の出向も前回のこれの法人枠での参加予定だったのだが、吉谷の希望で出向という形に変更になったそう。


「あ!もう休憩終わりだ!先に行くね、祐!」


腕時計を見て時間を確認した千佳は慌てて休憩室を出て行った。転ぶなよ、ドジっ子。




オレも休憩から上がり、デスクへと戻った。

オレの隣のデスクの主は未だに顔を俯して眠り込んでいた。

「吉谷さん。もう休憩終わりですよ?午後から元の会社の方と面談があるのでは?」

周りの目もあるため、オレは営業モードで話しかける。

「…ああ、師匠ですか。おはようございます」

「おはようございますって今昼の1時ですよ。彼女に振り回されて精神的にダメージを受けたのは分かりますが…それより面談行かなくていいんですか?」

「いいんですよ、必要なくなったので」

「え???どういうことですか???」

訳が分からず聞き返すと吉谷は体を起こしてこちらに向き直って深々と頭を下げた。

「実は今日付けでこちらの社員になりました」


「は………?」



オレの耳がおかしくなったのだろうか。念の為もう一度聞き返すも同じ返しを返された。

「何でいきなりこっちに来るんだ?オレ何も聞いてないんだが?」

「ですよね。あと師匠、口調変わってますよ」

「あら失礼」

驚きすぎて思わず素が出てしまっていたか。

気を引き締めて理由を尋ねる。

「それが俺にもさっぱりで。昨日突然向こうの会社から連絡が来て、明日からはこっちの社員だからなと言われたんですよ。だから昨日は向こうから私物持ってきたり社員証破棄して新しいのを作ったりしていて」

「なるほどね」

道理で荷物が増えてると感じた訳だ。

「あと」

と、吉谷は付け加える。

「昨日からやけにハンターさんの絡みが酷くて正直辛いですね」

「あー…それにはオレも同情するわ」

オレにも否の一端はあるし…

「だから今日で立ち去れると思っていた分ダメージがありまして…でもゆうちんが居るなら頑張ろうかなって♡」


あ、コイツ元気だな?ダメージそんなに受けてないな?てかまだオレのこと諦めてないのか?


「そうですか、それでは頑張ってください。私は仕事がありますので。では」

オレはデスクを仕切るシールドを全開にし、吉谷の姿が見えないようにして仕事の準備に取り掛かる。

「ゆうちん怒ってる?仕事半分やるよ?

俺午後から何の予定もないし。」

立ち上がってシールドの上から、シールドに腕を載せて覗き込む吉谷。…身長デカいの羨ましいな。

「ではこの書類をまとめておいてくれませんか?明後日のプレゼンに使う物なので」

「よろこんでー!」

「居酒屋かよ」

なんだかんだ元気そうで安心したオレは、その後退社時間を少し過ぎるまで仕事をしたのだった。


何故吉谷がこっちの社員になったかについてはまた別の機会に。

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