「せっかく祐に会いに来たのにー」

なんだかんだで3ヶ月が経った。

オレたちの奇妙な三角関係は今日で終わりを告げる。長いようで短かったな。

「お前と同じ職場じゃなくなって清々するよ」冗談まじりで掛ける台詞も心なしに胸が痛い。


「冗談でも寂しいですよ、師匠」

すっかり師匠呼びが定着した吉谷は形ばかりの笑顔を浮かべる。



…何がそんなにノスタルジーを醸し出しているのだろうか。たかがコイツが元の会社、しかも道路挟んだ真正面に戻るだけなのに。


そんな会話をオレの働く会社の休憩室へと向かいながら廊下を歩いていると、突然オレはふっ飛ばされた。前触れもなく、だが残念なことに慣れ親しんでしまったこのイベントにため息が漏れる。犯人は、やっぱりハンターだ。

「あ、あんたねぇ…」

「わー!いっくんだー!こんなトコで会えるなんてみらい、幸せですー♡」

オレの事なんか省みずに吉谷とイチャつくハンターを見て、オレは自身の計画が順調に進んでいることに内心ほくそ笑む。

可哀想なことに吉谷はハンターに対して「アレルギー反応」を示すようになってしまったのは計算外だが。


休憩時間も限られているし、コンビニ飯をとっとと食おうとオレは一足先に休憩室へと向かった。何やら悲痛な声が聞こえた気がするが気のせい気のせい。


ーー

ーーー


「やっほー、今から休憩?」

休憩室に居たのは、同じ会社で働きながらここのところ会っていなかった千佳。3ヶ月間色々あってコイツとは全然会えなかったからか。働いているフロアも違うし。…あれ?


「お前なんで13階の休憩室に居るんだ?経理部のある14階の休憩室使えばいいじゃん」

「えー、せっかく祐に会いに来たのにー。誰かさんのせいで中々一緒に居られなかったのに」

ぷくーっと頬を膨らます千佳。可愛い。

「わりーな、千佳。色々忙しくしていて会えなくてさ」

そう言いながらオレは慣れた手つきで千佳の頭を撫でてやる。こうしてやると「仕方にゃいニャ〜」と許してくれるんだよなw


ガチャン!

「はぁ、はぁ、はぁ、…」

「!!?」

「いでっっ!!」

いきなり入ってきた吉谷に驚き、撫でられていた頭をいきなり上げる千佳。そしてその頭のせいで顎を強打しついでに舌をも噛むオレ。オレは吉谷の後から入室してきた全ての元凶を睨む。

「ハ、あゆゆ、あまり吉谷を苛めないであげて。彼今日までだから」

ついハンターと言いそうになりつつもすぐさま訂正、外面の口調でハンター(=あゆゆ)を諭す。

「だって〜いっくんがいけないんですよ?みらい、いっくんのコトとっても好きなのに〜、いっつも逃げるんだから」

「そりゃ逃げますよ…」とボソリと呟く吉谷。だがハンターの耳には届かない。


「だったらあゆゆ、引いてみてはどうかしら。昔から『押してダメなら引いてみろ』というでしょう?貴方は押しすぎているから次は引いてみなさい。そうすれば自然と追いかけてくるんじゃない?」

「! そうですね!さすがセンパイ♡頼りになります♡」

そう言ってハンターは休憩室のソファーに腰掛けた。そういや最初はコイツと吉谷で食べる予定だったな。4人掛けだが今の吉谷には精神的には辛く思え、本人もそのように申告したため、急遽オレ・千佳・ハンターの3人というイレギュラーなメンバーでランチをすることに。何だこれ。


オレの左隣に座っていた千佳は正面のソファーに座るハンターを見て、「どこかで見たことあるような…」と呟いた。

「配属前の新人研修でじゃない?各部署周るし。」

食べながらオレはそう返す。まあ、ハンターは入社以前にもオレたちの目に触れているのだが。

「うーん、なんかもっと前に会ったというか見たことあるような…」


「みらいのことが気になるんですか?経理部のセンパイ」

女性に対しては珍しく、小首をちょこんと傾げるハンター。本当に見た目だけは人形みたいだ。

「私、入社前はTII(This is I)というグループでアイドルやっていたんです。Ayumiという名前でやっていたんですけどご存知ですか?」

「え⁈ あのTIIのAyumi⁉︎ よく曲聞いていたよ!」

千佳が身を乗り出す。そういやコイツ若干オタクなんだよな。


オレも何回か聞いたことはあるが、あまり深くは知らない。だが、それでもTIIは恐らく日本中のあらゆる人が名前を知っているであろう、超有名なアイドル歌手グループだ。見ない日は存在しないとも言われ、超多忙な生活を送っているらしい。確か最近の流行りに合わせたK-POP調の曲で、初の日本生まれの韓流アイドル7人組…だったはず。


Wikipediaにでも載っているような情報しか知らないオレを他所に、千佳とハンターはTIIについての話に花を咲かせる。


「ねぇねぇあゆゆ、弟に話していいかな?弟も昔好きだったからさ」

「弟さんがいるんですね!千佳センパイの弟さんならきっとイケメンですよね!」

およそ10分の間にほぼ初対面から名前で呼び合う仲にまでなった千佳とハンター。サブカル恐るべし。休憩が終わりを迎え、ハンターは千佳とLINEを交換して外周りへと出て行った。


「千佳。お前の弟って確か…」

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