「俺はずっとゆうちんと一緒に働きたかったのに」

週が明けた月曜日。

悪い夢でも見ているのだろうか?


午前9時の朝礼でヤツが現れた。

「本日より3ヶ月間、我が社に来てもらうことになった吉谷くんだ。彼の希望で営業部に配属になる。新木、我が社のことや営業のことなど色々教えてやってくれ」

ただでさえ会いたくもないのに、よりによってアイツの教育係だと!?しかしここで断れば社内での株が下がるだろう。それにオレのことが大好きなヤツだ。教育係のオレの言うことなら何でも聞いてくるに違いない…


「分かりました。吉谷さん初めまして。私は営業部部長の新木と言います。今日から3ヶ月は吉谷さんの教育係を務めますので、よろしくお願いいたします」

「しっ…師匠とお呼びしてもよろしいでしょうか?先ほど佐々木本部長よりできる方とお伺いしたので」

知ってます!と言いかけた彼に睨みを効かせると、うまく言い換えた吉谷。本部長は(あれ、そんなこと言ったっけ…)というふうに首を傾げる。


これ以上この場にいるとまた何かやらかしそうなので、「会社を案内します」という名目でその場を後にした。




「で、お前は何でここに居るんだ」

「あ!いつものゆうちんだ!」

「ゆうちん呼びは止めろと言ったはずだ。何でここに居るんだ。お前もあっちの会社では営業部長なんだろ?」

「営業部長だったら出向したらダメなんて言うんですか?俺はずっとゆうちんと一緒に働きたかったのに」

備品倉庫内を案内中、オレらは素に戻って会話をする。

「…もうゆうちん呼びは認めるから、みんなの前では呼ぶんじゃねーぞ?変な勘違いされたらたまったもんじゃない」

「はい!師匠!」

………。

まあ、ゆうちん呼びよりかはマシか。



社内をひと通り回り終え、営業のやり方(と言っても実際はそれぞれ相手の会社について聞いたりする雑談がほとんどだが)を教えたり実際に2人で外回りをしたりするうちにお昼になった。このままご飯を食べに行こうという話になる。

「今日初出勤だからな。吉谷、なんか食いたいのあるか?」

「いやー、無いです笑 ゆうちんが決めてください!」

「そんじゃ、舞子のトコで」

「またですか!?まあ、俺舞子さんの手料理も好きだけど」

「テメー勝手に舞子の名前口にすんじゃねぇ!」

「おやおや?嫉妬ですか?可愛いですね笑」

「…嫉妬じゃねぇブシ!!」

「ブシ?」


「セーンパイ?私も連れてってくださいよぉ〜」


いきなり誰かに背後から抱きつかれ、お陰でオレは謎の言葉を口にすることに。声の主を確認すると、オレと同じ営業部の次世代エース、鮎川未来(24)の頭頂部がそこにあった。出たな、イケメンハンター。


「ズルいじゃないですか〜センパイ。いつも私と行くのに今日は黙って行っちゃうなんて」

「普段はご一緒にランチしてるんですか??」


吉谷が不思議そうな顔をしている。それもそうだ。先週の二日間ずっと嫌がるオレの後を着いてきた奴だ。いつも一緒ならばオレや千佳のように会社に来る前に会っているはず。


だがコイツはその2日間、オレたちとは遭遇しなかった。もちろんそれ以前にオレたちと一緒だった事実もない。オレがイケメンと一緒にいるから、仲がいいフリをして、自分に振り向くように行動しているだけだ。この事からオレはイケメンハンターと彼女を呼んでいる。


対して吉谷はほぼ初対面であるにも関わらず、告白してきた、いわばオレにゾッコンである。オレとしては鮎川と吉谷でデキて欲しいのだが。


…鮎川と吉谷で?そうか、そうすれば良いんだ!


「あゆゆじゃん!もう外回り終わったの?じゃ一緒に行こう♪」

いつもと違うオレの対応に、鮎川は戸惑うも既に自分がオレと仲良しであるとイケメンの前でアピールをしてしまったがため、ここで戸惑いを見せる訳にはいかない。

「え、?あ、はい!センパイ行きましょう!」

すぐに状況を察したのか、鮎川はすぐに対応し、より『仲良し』をアピールするために、腕を組んできた。

吉谷は不思議そうな顔をしながらも、後ろからついて来る。


オレたちはいつもの、舞子の店ではなく別の洋食店に来た。

「あれ?今日は舞子さんの店じゃ」

余計なことを言いそうになる吉谷の口を慌てて封じる。今度は鮎川が不思議そうな顔してこちらを見るので、奴の唇に蜂が留まっていたから咄嗟に、と苦しい言い訳をした。


店内に入って各自注文を終えたところで、オレは鮎川をお手洗いに連れ出した。

「なんですか〜センパイ?私、お腹ペコペコでぇ、早く要件終えてくれますかぁ〜?」

長い髪をくるくるしながら面倒臭そうなぶりっ子を演じる後輩にオレも負けじと演じる。

「言っておくけど、あの人と私は付き合っているから。邪魔しないでくれる?」

「え〜?でもぉ〜、あれセンパイの趣味じゃないですよね〜?センパイとじゃ釣り合わないので特別に私がもらってあげますよ?♡」

…笑えてくる。ここまで上手く乗せられているということに。


既にご存知かと思うがオレは男性を恋愛対象とは見ない。しかし、目の前のイケメンハンターはオレが男性を恋愛対象として見ていると思っており、イケメンである吉谷とオレが仲がいい→付き合っていると勘違いして、まんまとオレから吉谷を奪い去ろうと企んでいるのである。オレからすればむしろ成功を願っているのだが。だからこそオレは鮎川を、いやハンターをもっともっと焚きつける。


「残念だけど、いっくん私にゾッコンなの。向こうから告ってきたし。万が一私が諦めてもいっくんは諦めないでしょうね」

吉谷育真の育真をもじり、恋人らしくニックネームで呼んでみたが…仮初めのカップルだということに気付かれてないだろうか。内心ドキドキしながら言ってみると疑惑の目で見つめられた。そうやって黙っていれば鮎川も可愛いんだけどな…

「お二人が付き合っていようが否であろうが、いっくんがセンパイにゾッコンであろうが、私、狙った男は全力で落としにいくので、よろしくね♡」

鮎川、もといハンターは強気でそう宣言すると、颯爽とお手洗いから出ていった。


いいぞ、いいぞ、やったれイケメンハンター。

オレは内心ほくそ笑んだ。

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