64. ジェシカとジャム

 ジェシカが飛んでから数時間後の夕方。

 ドドンゴは俺たちとの商取引を終えて、カエラや他の家とも取引を終わらせていた。


 ジェシカが家に戻ってきた。


「ただいま戻りました」


 なんだかジェシカが疲れた顔をしている。


「どうしたのジェシカ?」


 一応、俺が聞いてみる。

 家になぜかいるアンダーソン騎士も何だろうという顔でジェシカを見ていた。


「だって、だってですよ」

「うん」

「はいこれ、ジャムの代金です」


 と言われて渡される、金貨の詰まった革袋だった。


 ジェシカの手は震えていた。


 金貨が革袋に詰まってるとか、怖ろしい。

 つまりジェシカも金貨が怖かったと。


 いっぱいぎゅうぎゅう詰めではないけど、確かにそれなりの枚数の金貨だった。


「ボク、こんな大金、運んだことなくて、びくびくして、落しちゃわないかって、それで」

「あーあ、領主様も酷いことするよね。はいジェシカ、よかったね。ちゃんと運べたよ」

「うん、ボク、頑張った」

「えらいえらい」


 ジェシカの頭をでて、落ち着かせる。

 どっちが年上とか言えないよな。まああの金貨を持って運ぶのは俺も遠慮したいけどね。


「では約束通り一割、いただきます」

「はい、いいよ」


 金貨をテーブルの上に並べて、一割、端数切捨てで、ちょっと遠慮がうかがえるドドンゴ。

 こういう細かいところでも金にがめつくないところも好印象なのだ。

 本当なら「こんな辺境にわざわざ来てやっている」くらいの偉い態度でもおかしくないのにな。

 あと金貨を平然と並べて数えるその胆力というのか、それもすごい。


 残りはうちの資金になる。

 今回は蜂蜜も自前だったし、ドドンゴが遠慮してマージンを少なくしたので、かなりの利益が俺たちのものになった。


「じゃあ、せっかくだから、はい、ジェシカ。お駄賃と怖かったおび」

「え、でも」


 まあ遠慮も分からなくはない。

 だって、お駄賃は利益のうちの一枚の金貨だった。


「ブランダン様、ボク、さすがに金貨とか、もらえないです」

「でも、この仕事はジェシカなしでは、達成できないことなんだよ」

「確かにそうですけど、それならそれでドドンゴさんが運べばいいんだし」

「でもね、鮮度とかだって値段に反映されてるんだよ。そのマージンはジェシカの功績以外の何物でもないよ」

「そこまで言われたら」

「まあ難しく考えなくていいよ。ちょっとラッキーだったということで」

「はあ。……わかった。じゃあ、ありがとう」

「うん」


 ジェシカはちょっとほめられて恥ずかしいのか、はにかみながら両手で大切そうに一枚の金貨を受け取った。


「これは大切にするね」

「いやあ、お金なんだから何かに使えばいいのに」

「ううん。ブランに認められた大切な金貨だから、大事にする」

「そ、そうか」

「うん」


 可愛いところあるよな。ただでさえ天使の見た目なのに、この性格。

 百点満点ですよ、はい。


 伝令なんて楽そうだと思ってたけど、高い荷物運ばされるのは、やっぱ楽じゃないんだよな。

 そういう責任のある仕事ってだけでも、けっこう怖い。


 変な荷物運んで、落としたり壊れたり、相手に手紙の内容が気に入らなくて殺されたり、やっぱり兵隊なんだなってことだ。

 つまり命がけと。


 ちょっとジェシカに同情と、あとそれでも頑張ってくれて尊敬もする。

 ジェシカはうちに居候しているので、その日はそのままお休みとなった。




 翌日。


「ではジェシカ、悪いけど今日も、マーリング辺境伯のところへ飛んでくれ」

「は、はいっ」


 ビシッと決めて敬礼をするが、顔はややお疲れ気味だ。

 だって、すでにジェシカに渡されたのは山絹糸という最高級の糸で、これも当然のように金貨になって戻ってくると、もうジェシカもわかっていた。


「では、いってきます」


 ジェシカが緊張した顔で飛んでいく。


 今から緊張していたんでは、持たないぞ。とは思うが、もう行ってしまったので、声を掛けることもできない。


 しょうがないのだ。金貨の山を背負って飛ぶようなものだし。どうしても緊張ぐらいはする。




 それからのんびりいつもの作業をして、もうすぐお昼だなってぐらいに、ジェシカは飛んで戻ってきた。


「ただいま戻りました」


 隊長のアンダーソン騎士に敬礼してから、俺の家に走ってくる。

 地上では走ることもあると。わりと珍しい。


「ブラン、ただいま~」

「おかえりなさい、ジェシカ」

「はい、今回のお金です」


 また金貨の入った袋を渡された。

 さすが同じ重さの金と交換されるとか言われるだけはある。

 胡椒こしょうも同じように言われていた気がする。


 ドドンゴはこの取引が終わるまで待っていてくれた。

 いつもは朝早くから出発していた。


「それからお手紙です」


 昨日のジャムにも手紙がついていたけど、今日もお手紙つきだった。


「山絹は現在、この辺では生産されていなくて、とても高価だ、そうです」

「まあそうでしょう」


 俺は手紙の内容を読み上げると、ドドンゴも同意した。


「全量買い上げるから、代金を受け取るように、だそうです」


 すでにお金が渡されているので、金貨になっていた。


「それから、領内での山カイコの飼育の推進は、推奨するので、自由にやってよいそうです」

「ほう、そうですか。よかったです」


 ドドンゴも胸をなでおろした。

 場合によっては意味もなく、ダメとか言われる可能性もあるにはあるのだ。

 偉い人の考えることはよくわからないし。


 こうして正式な「許可」が下りた山カイコの販売事業はドドンゴの手で広めることになった。

 どうなるかは、ドドンゴしだいだ。


 ジェシカは金貨が飛び交う商取引に目を白黒させている。


「はあ、もう大金を運ぶのは、やめたいです」

「悪いジェシカ、たぶん、これからもたびたび、お願いするよ」

「やっぱり、そうなりますよね」

「うん」


 ジェシカの気が休まる日はいつくるのだろうか。

 まあ、可哀想だけど慣れてもらうしかないかな。


 ジェシカ、頑張って!!


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