第7話

 城を出たリュウ達はすぐに馬を用意した。フィルは国の内部でまだやるべきことがあるとの事だったので、ランシェルとリュウで先にユリテルド村へと向かった。

 馬車だと1日かかってしまうのだが、馬で全力疾走しっそうした結果、半日で村へ着く事が出来た。

 村へ到着すると、クリスが小走りで近寄ってきて2人を出迎えてくれた。彼女はランシェルの後ろに立つ男を見て、一瞬だけ驚いたように目をぱちくりとさせる。


「……まあ。どうしてリュウ様と一緒にいるの?」

「あーうん。説明は後でするよ」

「そうね。まずはおかえりなさい。随分と早かったのね」

「ただいま。でも、まだ行かなくちゃいけないの。クリスはこの人にお茶でも入れてくれる?」

「えぇ。もちろんよ」

「おー……。お前、フィルの小魔使いじゃんか」

「お久しぶりですわ。王子殿下。覚えてて頂けてとても光栄です」


 クリスはリュウに対して、スカートのすそを広げて一礼する。

 どうやら、城の内部ではリュウが王子であることは皆が知っているようだ。それとも、クリスがフィルに仕えていた事から、単に会う回数が多かっただけなのだろうか。

 ランシェルがあれこれと考えている間も、体は自然と動く。

 3人はランシェルの家へと入り、台所の近くにある木製のテーブルに集まると、リュウがその上に地図を広げた。これはユリテルド村の地図であるらしく、一度現在地を示した後、西の外れにある洞窟を指差した。


「ここが目的の場所。クレブレムの洞窟」

「……ここって、確か夜だけ酒場を経営してたような……」


 曖昧あいまいな記憶で告げるランシェルに、何か前もって調べていたのか、リュウはそれに応じる。


「つまり、ここに忍び込むなら夜しかない。おそらく、密売も夜に行われている。」

「……忍び込むって……どうやって?」

「堂々と正面から入ってやればいいさ。あそこは酒場なんだろ?」

「そう……ですけど……」

「つー訳で、お前、男装しろ」

「……は?」


 リュウからのいきなりの提案に、ランシェルは眉を寄せる。

 なぜ、酒場に行く為に男装しなければならないのか。

 その答えはすぐに本人からげられた。


「俺は店の奴等やつらには顔が知られてるから入れないし、女は店側からまず相手にされない。そこで、これな」


 いつの間に取り出したのか、リュウが男物の服をランシェルに投げて寄越した。


「俺は別の仕事を片付けに一度王城に戻る。俺が戻ってくるまで、商人との取引を何としてでも止めろ。……それくらい出来るな?ユリテルド村の村長」


 挑発めいた彼の言葉に背中を押され、ランシェルはリュウが投げた男装服を床から拾って彼を睨む。

 そんなランシェルに目線を合わせるように、リュウはしゃがんだ。



「ーーそんじゃ、ここからが本題だ」


 リュウの瞳があやしく光る。次に彼の口から発せられた言葉に、ランシェルの瞳が大きく揺れた。



 * * *



 夜も更けたユリテルド村。家々の灯りも消え、辺りを月明かりが照らす。

 馬を用意しているリュウの背中を、ランシェルはそっと見つめる。彼の、ブラウン王国で見せた表情が頭から離れない。彼はきっと、誰の事も信じていない。

 ……それが、少し、悲しい。

 そんな風に感じてしまった時、ランシェルの口は自然と開いていた。


「……私は、ブラウン王国の人間じゃありません」

「……何、いきなり」


 唐突のランシェルの発言に、さすがのリュウも困惑したようだった。


「……突然変な事を言ってるのは分かってます。でも、私は、貴方が誰の言う事も信じないように感じたので」

「………………」

「私は、ブラウン王国、スティナ皇国、クロキスカ大国。3大国全てに属さない、ユリテルド村の人間です。私は、貴方から目をらしたりしません」

「…………」

「ただのランシェルとして、一人の人間として、私の言葉を信じて下さいませんか?ーー必ず、貴方が戻るまで、自分の仕事をこなします」

「………………」


 リュウは少しだけ瞠目どうもくする。真剣な瞳で自分を見つめるランシェルを、彼もじっと見つめ返した。

 ……一つ、まばたきする。


「………………へぇー…」


 面白いものでも見たかのように、リュウは目を細めた。ランシェルは困惑する。


「いや、えっと、へぇー、ではなくて……」


 リュウはランシェルに近付くと、の頭に帽子をかぶせる。そして、上から軽く押さえつけた。抵抗する彼女をしばらく眺め、パッと手を放す。不機嫌そうに自分を見上げるランシェルに、リュウはいつもの意地の悪い笑みを唇に乗せた。


「信用して欲しかったら、行動で示しな。俺が戻るまでしっかり潜入しとけよ?」

「ーー……分かってます」


 ランシェルの真剣な瞳に、リュウはそっと微笑んだ。


「ーーーー洞窟の事は任せた」


 彼女にそれだけ告げると、リュウは早々に駆けて行く。

 先程さきほどの計画を聞いていたのはランシェルとクリスだけだ。さすがにクリスを一緒に連れて行くには危険が多すぎる。自分一人でこなさなければならない責任感と不安が一気に押し寄せてきた。

 ランシェルは息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


「ーーよし。それじゃあ………私も行ってくるね」

「えぇ。気を付けてね」


 クレブレムの洞窟までは最低でも30分はかかる。

 急ぎ足で進みながら、心の中ではどうやってアジトに忍び込もうかを必死で考えていた。

 腰まであった長い髪は、ひとまとめにして帽子の中に入れ込んである。生え際にある短い髪は、自然に見える程度に帽子から出すと、どこにでもいそうな普通の男の子の格好に仕上がった。これで、無理に帽子を取られない限り、女だとバレる心配はない。

 声は出来る限り自然に聞こえる低い声を出せば、変声期前の男の子っぽく見せれるだろう。

 とりあえず、一番重要なのは一番始めだ。ここで失敗すれば計画は水の泡。

 2人にこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。


「……元はと言えば、私が村の管理が出来てなかったのがいけないんだから」


 独り言をぽそりと呟いた時、木々のい茂った草々から、かさり、かさりという物音が聞こえてきた。

 見れば、すでに洞窟のすぐ近くまで来ている。

 かさり、かさかさ、ぱきっ。

 足音が段々とこちらへ近付いてくる。

 人さらいのリーダーだろうか。それとも酒場の客?関係のない村人かもしれないし、はたまた盗賊かもしれない。

 バキッ、と一番大きな音がすぐ近くで聴こえたところで、ランシェルは反射的に頭を下げた。


「ーーーー何してるの?」


 ……聞こえてきたのは、まだ若い、少年の声だった。

 のろのろと頭を上げ、少年の顔を確認する。

 暗闇でよくは見えないが、声の割にいくらか大人びたような面立ちをしていた。歳はランシェルと同じくらいだろうか。

 真っ黒な髪が、少しリュウに似ているなと思った。

 だが、リュウの黒髪はよく見ると緑がかっており、比べてしまうと、こちらの少年のほうは純粋な黒で、瞳も黒であった。

 少年は自分の質問に対する答えがないことをいぶかってか、もう一度ランシェルに問いかけた。


「……もしかして迷子?俺、あんまり詳しくないけど、村の近くまでなら連れてってあげるよ」

「あ、いや」


 反射的に否定的な言葉がランシェルの口から溢れた。

 少年は不思議そうな顔をしてランシェルを見つめている。

 ……ここまで来たら、後戻りは出来ない。

 ランシェルは覚悟を決めてゆっくりと口を開いた。


「……本当はこの酒場に入りたかったんだけど、中は大人達ばかりだったから緊張しちゃってて……」

「あー……。じゃあ、俺と来る?俺、一応あそこで働いてるから顔馴染みも多いし、一人で入るよりは良いと思うけど」


 突然の提案に、ランシェルは少々面食らってしまった。

 まさか、そちらから招き入れてくれるとは思いもしなかった。

 ランシェルはこの機会を逃すまいと、勢いよく何度も頷いた。


「あ、うんっ!お願いしても良いかなっ!」

「あはは。うん、良いよ」


 笑顔で了承してくれる少年に内心感謝しつつ、ランシェルは少年を追って洞窟の入り口を目指した。


「そういえば、名前は何て言うの?俺はアレン」

「僕はラ、ンシェ」


 言った瞬間、どっと冷や汗が吹き出してきた。我ながら、ひねりも何もない名前にしてしまった。だがアレンは気にした様子はない。


「へぇーランシェか。良い名前だなっ」

「あ、ありがとう」


 礼を言いながら、ランシェルは少年にバレないように重い息を吐き出した。

 この小柄な少年にさえこんなに緊張しているのに、一体この先持つのだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る