第1話

「試練のダンジョン……なんて大仰な名前のわりには普通の洋館だな」


「でも、空気が変わったわ。雰囲気が街とは違うわよ」


「それに、外で見たよりも広く感じるな」


 中に入った、アステラム、フィーリア、ジェンドの三人はあたりを見渡しながら、それぞれ感想を述べる。

 試練のダンジョン。それは、『ジョフューン』に無数に存在するダンジョンの一つだ。


 見た目は普通の建物のようだが、その中身は他のダンジョン同様不思議な力で拡張されており、広々とした空間を有している。おまけに、コロコロと出現位置が変わることでも有名だった。


 加えて、試練をクリアしたものには豪華な報酬が送られる。冒険者なら訪れて


「で、ここからどうすりゃいいんだ? 試練のダンジョンには案内があるって話だったが、どこにあるんだ?」


「他の冒険者の話だと普通に探索していくダンジョンじゃなくて、知力とか思考力が試されるってことだったわよね? 命の危険はない……って言っていたわりに詳細は誰も教えてくれなかったけど」


「言いたくても、言えないって感じだったな。ダンジョンってのはおかしな所が多いが、試練のダンジョンほど特殊なダンジョンもそうないだろうよ。っと、どうやら、案内が来たみたいだぜ」


 ジェンドが何かを感知したのか、視線を向けるのと同時に指を指す。

 それに釣られるように、アステラムとフィーリアも視線を指の先へと向けた。


「なんだありゃ?」


「看板?」


 二人は己の目に映ったものに困惑する。

 そこにあったのは、木の看板に木材の足が生えている謎の物体がトコトコと歩いてやって来ていたのだ。


「……空の鎧とか浮かぶ剣みたいな物質ガイスト系の魔物の一種か? それともドール族か? どっちにしても敵意はなさそうというか、かなりマヌケな見た目だな」


「ご丁寧に文字まで描いてあるわね」


 やって来た看板にはこう書かれてあった。


『     これより先 試練あり

      己が知を見せんとするならば臆せずについてくるべし

      臆するならば帰るがいい                    』


「……挑発的な案内だな。だが、あいにくここまで来て帰るほどビビりじゃないっての」


「当然よね」


「遠征費もかかってるからな」


 三人がそう口々に言い放つと、看板はクルリと振り返り元来た方へと再び歩き出した。

 まるでついてこいとでも言っているかのようだった。


 看板にしばらくついていくと、通路の横に一つの大きな扉が現れる。それと同時に三人を囲うように光の壁が突然現れた。扉の方へしかいけない状態だ。


「っ、閉じ込められた!?」


「いえ、どうやらここが目的地みたいよ」


 驚くアステラムを横目にフィーリアは冷静に分析する。案内していた看板はいつの間にか消えており、変わりに音声が三人の耳に聞こえてきていた。


 男とも女とも判別しがたい声は三人にこう語りかけてきた。


『ようこそ、チャレンジャー。今回の試練はその扉の先にある謎を解いてもらうことになる。扉の先には死体が一つ、だが、犯人の姿はなく、発見時には扉に鍵がかかっており部屋は密室。諸君らには犯人がどうやって脱出したのかを当ててもらいたい』


「おいおい、俺達に騎士団のまねごとでもさせようってのか?」


 ジェンドの声に反応することなく、声は続きを語る。


『制限時間は五分だ。君達が扉を開けた時点で、入り口の砂時計の砂が落ち始める。その砂が落ちきったときがゲームオーバー。君達はこの試練に失敗というわけだ。失敗したところで直接のペナルティはない。契約魔法により他者に今回の謎について話せなくなる点を除けばね』


 声と同時に三人の足下に魔方陣が出現する。

 いち早く気付いたのは魔術師のフィーリアだ。


「こんな一瞬で……さすがダンジョンってことかしら?」


「なんかマズいこととかないよな?」


「魔方陣から読み取れる情報に嘘はないわ。挑んだ冒険者が話してくれなかったのはこれが原因ね」


「部下や下っ端を突撃させて情報を持ち帰ってクリアする……みたいなのは禁じているわけか。誰がどんな理由でこんなダンジョン作ったのやら」


『覚悟を決めたら開けるといい。健闘を祈っているよ』


「開けるぞ?」


「「いいわ(いいぞ)」」


 アステラムが扉に手をかけてそのまま押すと、開かれた。

 声が言っていた通り、それと同時に砂時計の砂も落ち始める。


 だが、今気にするのはそこではないだろう。

 三人は部屋の中に入ると素早く状況を確認すべくあたりを見渡しはじめた。


「うわっ、剣でぶっさされて死んでる……」


 まず目につくのはアステラムが反応した少女だ。うつぶせの状態でその胸には大型のブロードソードが突き刺さっていた。アステラムが背負っている大剣ほどではないが、普通の長剣よりは大きいだろう。


「窓も他の扉も無し、声の通り密室ってわけね」


「鍵は扉に直接ついているわけじゃなくて、デカイ打掛錠が壁に付けてあるわけか。これが唯一の鍵と」


 部屋の中は殺風景で他には明かり用と思われる燭台があるだけだった。


 ちなみに打掛錠とは鍵となる棒の片側を固定して回転させ、扉の前に棒を横にして引っ掛けることで鍵がかかる仕組みとなっている。


「見るべき所はもうないか?」


「たぶんね。それに、部屋の確認だけで時間を取らせるようにはなっていないんじゃないかしら?」


「とはいえ、即答出来るほど簡単でもねえぞ?」


 部屋を一通り確認した三人は相談しつつ頭を悩ませる。


 この状況から考えると犯人は少女にブロードソードを突き立てて殺害した後、何らかの方法で鍵をかけた状態で脱出したということは確定だろう。声が言っていたの状況と一致する。


「シンプルに考えりゃ、隠し通路があって、そこから脱出すればいい。つまり、探すべきは隠し通路だ!」


 そう言って、アステラムは部屋の壁や床をガントレットをつけた手で、空洞がないかゴンゴンと叩きまくる。


「見つかればそれでいいのでしょうけど……」


「流石にそんな答えは無いと思うんだよな……」


 隠し通路を探すアステラムをフィーリアとジェンドの二人は若干、呆れた目で見つめる。


「とりあえず俺達は鍵から調べてみようか」


「そうね」


 二人は部屋の入り口についている打掛錠に近づいていき、動かしたりして調べてみる。


 しかし、


「ちょっと錆びかかっているのか動きは悪いが、でかいだけで別にこれといって普通の打掛錠だな……」


「そうね……魔術的な仕掛けもなさそうよ」


「そうなると、鍵をかけた状態からブロードソードを操って、少女にぶっさしたってことか? 風魔法か操作魔法を使えばいけるか?」


「まったく物体を見ない状態で魔法を使って操るのは超一流の魔術師でもなきゃ無理よ。おまけにこの部屋、ご丁寧に魔術の阻害用の魔方陣がしかれてあるわ」


 ほら、とフィーリアは少女が倒れている部屋の床を指さす。床と同化しておりわかりにくかったが確かにそこには魔方陣が書かれてあった。


「マジかよ。そうなると風魔法とかで打掛錠をかけたって考えも……?」


「当然ダメでしょうね」


「そうなると、どうやって閉めたんだ?」


「天井も探ったのに隠し通路が見つからねえ!?」


 やっぱり、と納得するようなアステラムの嘆きが聞こえたところで、フィーリアがふと思いついた。


「ねえ、ジェンド。アナタたしかワイヤー持っていたわよね。あのメタルスパイダーから採取した糸で作ったいやつ」


「ん? ああ、あるよ? だがそれがいったい……って、そういうことか!」


「そう、それよ!」


「でも、ワイヤーが擦ったようなあとは打掛錠なかったぞ」


「そんなの、つかなかっただけかもしれないじゃない。それに時間だってあまり残されていないわ。ほら、試すわよ」


「このまま、考えるよりもやってみる価値はあるか」


 そう言うと、ジェンドはワイヤーを取りだして打掛錠にセットしていく。


「ここをこうして……こんな感じなら動くか? ほら、アステラム! 一旦でるぞ!」


「お? おお……」


 未だ諦めず隠し通路を探すアステラムを呼んで外に出た三人は扉を閉めて隙間からワイヤーを外に出した。


「これでいけるのか?」


「多分ね。引っ張っちゃってジェンド」


「やってるけど……これ無理じゃねえか!?」


 ジェンドがワイヤーを引っ張るも縦になっているはずの打掛錠の棒が動かない。角度が悪いのか、打掛錠の大きさが大きすぎたのか殆ど回っている感覚が無かった。


 おまけに――


「うわっ!?」


 プチンと音を立ててワイヤーがちぎれてしまった。


「ジェンド、ほかのワイヤーとかロープとかないの?」


「ロープじゃ扉の隙間を通らない。ワイヤーもこれ以上の強度となると普段使いするようなもんじゃないから持ってきていない」


「そんな……」


 何かないかともう一度扉を開けてみても、特に変わったところはない。


 砂時計の砂はもう殆ど残っておらず、すでに一分をきっていた。クリアするのは不可能だろう。


 失敗か、という空気が三人の間に流れたとき、


「ちくしょう! 金と時間をかけてダンジョンに挑んで、失敗しましたってか! 冗談じゃねえっての!!」


 苛立ち混じりにアステラムが入り口の扉を思いっきり閉める。


 バァン!! とけたたましい音を立てて閉められた扉にフィーリアとジェンドが思わず顔をしかめる。


「ちょっと! 八つ当たりに大きな音立てないでもらえる!」


「耳に響くじゃねえかよ……勘弁してくれ」


「お、わりぃ、わりぃ〝ガゴン!〟――ガゴン?」


 何かが倒れたような音が扉から聞こえてきて、アステラムは再び扉に手をかける――が、扉が開くことはなかった。ガタガタと揺れるだけだ。


「鍵、かかってるみたいなんだが……」


「え、どういうこと?」


「……多分、今アステラムが思いっきり閉めたことで、縦にしていた打掛錠の棒が振動で倒れてきたんだ。ワイヤーで少し傾いていたはずだから、あとは重力に従ってゆっくりと倒れていき鍵がかかったんだろう」


 起こった現象を推測したジェンドが話し終わるのと同時に扉が開いて、中から一人の少女が顔を出す。


「はーい、その通りでーす。そして正解でーす。おめでとうございまーす」


「うおっ!? あんた生きていたのかよ……」


「ええまあ。アンデッド族ですので、ただの剣じゃしなないんですよ」


「だからって、本物の剣を刺したまま来ないでよ……」


「まあまあ、気にしないでください。それよりも、見事試練のダンジョンをクリアした皆様にはこちらを贈呈しまーす!」


 アンデッドの少女がパンと手を一つ叩くと、アステラムが両手で持たなければならないような、大きな石が出現する。


「でかい……石? って、この色合いはまさか!?」


「アダマンタイトじゃない!?」


「こんなでかい原石そうそうお目にかかれんぞ。今回の遠征費なんて余裕でおつりがくるっての……本当にいいのか?」


「そりゃ、もうクリアした報酬ですから、どうぞどうぞ」


 少女がそう言うとアステラム達はアダマンタイトの原石を持ち上げて、意気揚々と去って行く。



「うおっしゃー!! 帰るぞぉ!」

「売るべき? それとも防具にすべきかしら?」

「んなもんあとで考えろよ……」





「またの挑戦をお待ちしておりまーす。なーんて、もう聞こえないか」


 三人の姿が殆ど見えなくなったところで、ポツリとこぼすアンデッドの少女。


「私も一旦休憩入ろうっとー」


 彼女はそのまま別の扉から転移魔方陣の中に入ると別の部屋へと移動する。中では一人の女性が水晶から表示される数値を眺めて何やら独り言をつぶやいていた。


「うーん、今回の冒険者さん達は中々、上玉でしたね。やはり、強い種族から吸収するオドはダンジョンにはかかせません。強者が本気で悩み、焦ったときにこそ魂は熱く輝き、それがオドとなって過剰に放出される。ダンジョンとは難しいものです」


「マスター、終わりましたよー」


「ああ、ご苦労様でした。さぁて、ここの謎は解かれちゃいましたし別のに切り替えておきましょうかね」


「次も死体役ですかー?」


「ええ、お願いしますね」


「あれ、動いちゃいけないから暇なんですよー。もっと別の謎考えてくださいよー」


「ありますけど、それは死体役どころか人がいなくても成り立ちますので……というわけで頑張ってください」


「ええー!?」


 試練のダンジョンは今日も新たな冒険者を迎える。双方に利益をもたらしながら……。

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試練のダンジョン 海星めりい @raiki

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