3.授業

「大変だ」

五時限目の授業が始まって、十分経っている。


千景と彩乃は、慌てて教室へ戻った。

教室の後方から、こっそり入った。


「こら。彩乃。千景。どうして遅れたんや」

斉藤先生が、問い詰める。


彩乃が、逃げたうさぎを探していたと説明した。


「それは、僕が朝、来た時に逃がしてしまいました。けど、わざとや無いです」

大西君が椅子に座ったまま云った。


大西君は、今朝、登校して来たのが、八時二十分くらいだったと話し始めた。


その時間は、正門も運動場の校門も閉まっている。

いつもトラックの荷物の搬入口から校庭に入っている。


大西君が、体育館に沿って教室に向かっていると、うさぎのケージが見えた。

ケージの扉が開いている。

扉を閉めようと近づくと、突然、うさぎが逃げた。

うさぎは、正面玄関から続く中央通路の方へ走って逃げた。

大西君は、うさぎを追い掛けたが、本館の中庭辺りで見失ってしまった。


石木町には、小学校が二校ある。

千景は石木葛原小学校で、大西君は、石木竹原小学校に通っていた。


大西君は、中学一年の当初から目立つ存在だった。

千景は、大西君と中学二年になって、同じクラスになった。


成績は良いし、運動もできる。

そして、顔立ちも整っている。

しかし、遅刻が多い。

と云うより、毎日、着席するのが八時半くらいだ。

ふざけている訳では無いのだろうが、行動に謎が多い。


「何で、西田さんに教えんかったや」

甲高い男子の声が上がった。

美加は、西田美加という。

うさぎの事は、美加に任せっきりにしている。

誰一人、うさぎに関心が、無いからだ。

非難を浴びても、大西君は黙ったままだ。


千景は、こんな騒ぎになってしまって、焦った。

「いや、違うんです。うさぎは二羽とも居たんです」千景は大声で云った。

探したけど見付からなかった。

昼休みの終了まで、探したが見付からなかった。

彩乃は、ここまでしか云っていない。

いつも、彩乃は言葉が足りない。


千景と彩乃は、うさぎのケージに戻ってた。

うさぎのケージを覗くと、驚いた事に、うさぎは、二羽ともケージに居た。

「うさぎが、自分で戻ったんか」とトキ君が甲高い声で云ったのを合図に「ミカが見付けて捕まえたんか」皆が、口々に喋り始めた。

また、教室が騒々しくなった。


斉藤先生は、「はい!もう止めて」と騒がしくなった教室を静めた。


先生から大西君に、一言の注意も無かった。


「社会が終わって見に行ったら、やっぱり居らんかった」

一時限目は、八時四十分から九時二十五分まで、社会の授業だった。

今日は、四十五分の短縮授業だ。


二時限目は、英語の授業で、三時限目が体育で四時限目が国語だった。


休憩時間ごとに、大西君は、うさぎを探した。

けど、見付からなかった。


五時限目の直前、もう一度、ケージを見ると、うさぎは戻っていた。

二羽とも、ケージに居た。


つまり、朝礼前に逃げ出したうさぎが、午後の授業前に戻った事になる。


大西君は、美加に知らせなかった事には触れず、謝りもせずに、そう説明した。


突然

「そんな筈無い!」

彩乃が立ち上がって云った。

体育の授業は、体育館でバスケットボールだった。


彩乃は、体育の授業が終わった後、体育館から出て、体育館シューズのまま、うさぎのケージに近づいた。


それを川口先生に見咎められた。

その時、ケージには、うさぎが二羽確かに居た。

川口先生に四時限目の授業が終わって、注意された。

そう彩乃が説明した。

内気で大人しい彩乃が、思い切って云ったのだ。


そうなると、ますます、訳が分からない。

朝、うさぎが逃げ出した。

三時限目の終了時に戻っていた。

そして、うさぎは、四時限目に、また居なくなって、昼休み終了時に戻って来た。


しかし、大西君は、戻っていなかったと云っている。


昼休みに、「ラブが居ない」と云って探し始めた美加の行動が不可解だ。


ラブは、美加に懐いていた。

と云う事だった。

小学校の六年生の時、うさぎの世話をしている美加を見掛けたが、うさぎは、美加から逃げているように見えた。

決して、虐めているのではないのだろうが、うさぎは、迷惑そうだった。

荒い息を吹き掛けるような鳴き声と、餌も無いのに、前歯を忙しく動かしていた。


突然「ごめんなさい。嘘でした」

美加が教壇の横に歩み出て云った。

クラスのみんなに向かって謝った。


「何でそんな嘘、吐いたんや」

斉藤先生は、もう、授業を諦めたようだ。

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