2.昼休み

千景と彩乃は、一緒に食器篭を給食室まで運んでいた。


同じクラスの美加が、西の中庭にいた。

教室から体育館に続く渡り廊下から見えたのだ。

うさぎを見ていたのだろうと思った。


美加は、小学校四年生の時から、「うさぎの飼育係」をしていた。

石木中学校では、動物を飼育していなかった。

美加は、石木葛原小学校の校長先生に直談判して、飼育していた、うさぎの「ラブ」を譲り受けた。

ラブは、美加に懐いていたそうだ。


美加は、中学生になってから、一度も休んだ事がない。

土曜日も日曜日もだ。

毎朝、七時半に、うさぎの世話に来ている。


ラビットのラビから「ラブ」と当時の六年生が、名付けたそうだ。

決して、上の前歯で下唇を軽く弾く発音ではない。

それじゃあ、ラビでも良いんじゃないかと思った。

千景には、名付けた上級生の拘りを理解できない。


石木葛原小学校では、美加の三年間の熱心な飼育を評価したのだった?

ただ、もう一羽のアナウサギも託されたのだ。

いや、押し付けられたのだ。


実は、小学校で飼育されていたのは。

当初、うさぎが、三羽だったのが六羽に、鶏は二羽だったのが、これも六羽になっていた。

何となく、大人の事情が、垣間見える。

渡りに舟だったのかもしれない。


そして今度は、小学校の校長先生が中学校の校長先生に事情を説明した。

小学校の校長先生の熱弁が、聞こえて来そうだ。

中学校で、うさぎの飼育を許可された。

もう一羽のうさぎの名前は、「ミミ」と云う。


それにしても、ミミと名付けた理由は想像できるのだが、もう少し、何とかならなかったのだろうか。

発想が貧弱過ぎる。


二羽とも、鮮やかな茶色の雌で、今年六歳になったそうだ。

美加が、ラブとミミの見分け方を喋っていた。

頷いて話しを聞いていたのだが、千景には、見分けられなかった。

ラブとミミは、相性が良いと云う事だった。

ラブとミミは、お互いにお尻を向け合ったままで、餌を食んでいた。

それで、相性が良いと云うのなら、ラブが美加に懐いていると云う事も、疑ってはいけない。

千景と彩乃は、食器篭を給食室まで運び終えて、美加に声を掛けた。


「ミカ。どうしたん?」

彩乃も美加に気付いて、声を掛けた。

「大変なんや!」美加は、驚いたように振り向き「ラブが居ない」と云い、慌てて中央通路まで走った。

辺りを見渡すと、正面玄関の方へ走って行った。


本館には、職員室と校長室、その奥に指導室がある。

うさぎの飼育棚に一番近い。

しかも職員室から見える位置にある。

ただ、ケージの扉は、中庭側に向いているので、うさぎが逃げ出したとしても、気付かないかもしれない。

逃げ出したとしたら、見付けるのは大変だ。


千景も彩乃も、美加の様子に動揺し、慌てて、うさぎ探しを決めた。

まだ五時限目の授業までには、三十分近くある。

しかも、担任の斉藤先生の数学の授業だ。

少しくらい遅れても…いや、授業に遅れてはいけない。


でも、美加のためだ。

斉藤先生も、常々云っている。


「義を見てせざるは勇なきなり」

古風な言葉だが、千景は、その凛々しさを気に入っている。

そこで、うさぎを探し始めた。


うさぎの飼育棚は、西の中庭にある。

中庭は、南に体育館、西に西校舎、北に本館が建っている。


体育館は、体育の授業が無い場合、誰も居ない。

しかし、誰か居たとしても、体育館には天窓しか無く、西の中庭は、見えない。

彩乃は、体育館側の渡り廊下から、中央通路を越えて、本館の中庭へ向かった。


西校舎は、音楽室、工作室、理科実験室、調理室などの、広い教室だけで、クラスの教室は無い。

毎時間、何処かの教室で、何クラスかが、何らかの授業をしている。

ただし、うさぎが逃げ出したとしても、大きな音でもしない限り気付かない。

千景は、体育館と西校舎の間のトラックの搬入口から土手へ向かった。


西の中庭は、人気が無い。

誰も職員室の前で憩おうとは思わない。


東は、正面玄関から広いコンクリートの通路が南の運動場まで続いている。

授業中に逃げ出したとすると、誰も気付かないだろう。

通路は運動場へも正門前の道路へ出られる。

交通量は、さほど多く無いが、車に跳ねられる可能性はある。

だから、美加は、正面玄関へ向かったのだろう。


運動場を縦横に走って逃げたとすると、もうお手上げだ。

南には田圃が広がっている。


体育館と西校舎の間には、配送業者用の搬入口があり、そこから外へ出られる。

搬入口を出ると、川に沿った土手の道路になっている。

うさぎが、泳げるのかどうか知らない。

泳げないとすると、川に落ちれば助からないだろう。


さっき、昼休み終了のチャイムが鳴った。

美加は何処へ行ったのか。

まだ、ラブを探しているのだろう。

西の中庭へ戻った。

彩乃がうさぎのケージの前で呆然としていた。

千景は、ケージの扉の方へ回った。

「えっ?」千景も呆然となった。


「そこのふたり。上履きのまま、庭に降りては、いけません」

川口先生だ。

「どうしたん?」二組の政木柚葉も一緒だ。

川口先生と柚葉が、指導室から出て来た。


足許を見ると、千景も彩乃も、上履きのままだった。


「もう、五時限目、始まってますよ。早く、教室に戻りなさい」

川口先生に叱られた。

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