3話

「あ、校長先生」


 運悪く、走っている所を校長先生に見つかった。

 いつもニコニコしている校長先生だけど、ときどき、すごく怒る。興味本位で火災報知機を押そうとしたり、消火器を使ってみたり、コンセントでいたずらして停電を起こしかけたりした時は泣くほど怒られた。一緒にいたソウタは泣かなかった。


「廊下を走ってはいけませんよ」

「違うんです、すごく気になっていることがあって」

「気になっていてもダメです。怪我をするかもしれないし、させるかもしれない」


 これは話が長くなるぞ、と思い、


「校長先生、テンシツキって知ってますか?」

「常に注意を……テンシツキ?」

「ヤベ先生が、自分で調べなさいって。こんなこと誰でも知ってるからって」

「……まあ、そうですね。誰でも知っていることです」

「なんですか?」

「そう、ええ、んん、以前の朝の全校集会で話しました」

「……いや、聞いてないと思います」

「あれはいつだったかな。確かに話したんですが。んん、んん、確かにしました」


 校長先生は何度も咳ばらいをして頷く。


「校長先生、知らないんじゃ」

「いやいやいや、何をおっしゃるウサギさん」

「ウサギさん?」

「テンシツキねぇ……えーとね、便利ですね、あれがあると」

「便利?」


 占いが便利? 面白いけど、便利かというと、どうだろう。


「あの、ねぇ、除湿器とか……加湿器とか、ね。色々あるものなんです」

「除湿器とか加湿器とか?」

「あと、天湿器とかですよ」

「テンシツキとか?」

「うん、あの、うん。理科で習ったかな? 熱気というのはね、上にあがっていく性質があるんだよ。だから同じ教室でも高さで温度が変わったりするんです」


 習ったかは覚えていないけど、校長先生が早口になっているのはわかった。


「ふうん」

「湿度というのは天候や気温に左右される部分が多くてね、いまなら、スマートフォンなどと連動して、その場所の天候を確認した上で、自動で加湿したり除湿したりしてくれる機械も出てるんじゃないかな」

「へえ……いま『じゃないかな』って言いました?」

「出てるんですね……たぶん」

「たぶん?」

「そういう最新の機械だから、私は知らなくてもしょうがないと思いますが、調べる力を身に着けるのも勉強のようなところがあるから、ヤベ先生はそのように仰ったんだと思います」

「教頭先生は占いだって」

「……あ、そういう、んん、機能もある。最新ですからね。まあ、そういう機種も、んん、あるんですよ」

「そうなんですね、ありがとうございました」


 まだ咳ばらいを繰り返す校長に頭を下げて、廊下を走っていたことがうやむやになっているうちに離れてしまおうと、私は早足で逃げ出した。

 そうして思い出す。図書委員の仕事、ソウタに押し付けていた、と。

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