2話

「おや、こんにちは」


 カナエ先生に聞こうと思い、校内を探していると、中庭で花壇の手入れをしている教頭先生を見つけた。教頭先生って暇なのかなと思いつつ、私は立ち止まって挨拶を返す。


「こんにちは、教頭先生」

「手伝いに来てくれたのかな」

「あはは、絶対イヤです。手が汚れるし、疲れるし」

「そう……」


 教頭先生はさみしそうに背中を丸め、顔を落とし、けれど頭頂部だけは太陽の明かりに光っていた。これだけ明るいなら大丈夫だろう。実質的に陽キャだ。

 ともあれ、なんだか悪いことをした気分の私は、空気を変えようと教頭先生に聞いてみた。


「教頭先生、テンシツキってなんですか?」

「テンシツキ?」


 教頭先生は振り返り、タオルで額の汗をふく。


「私、知らなくて。教頭先生なら知っているかなって」

「いや、知らな……」

「ヤベ先生がこんなことも知らないんじゃいけないから、自分で調べろって」

「知ってるとも、もちろん」


 急に教頭先生は胸を張った。眼鏡が逆光で見えづらくなっている。


「あ、やっぱりそうなんですか。なんなんですか、テンシツキって」

「テン……テンシ……憑き……」


 教頭先生はぶつぶつとつぶやき、眼鏡を拭いたり時間稼ぎのようなことをしてから、


「ああ、なるほど、わかった」

「わかった? 知ってるんですよね」

「こっくりさんって知ってるかね?」

「知らないです」

「エンジェル様だとどうだね」

「知らないです」


 私が首を横に振ると、教頭先生も首を横に振る。


「なにも知らないね、最近の子は。お化けみたいなやつなんだがね」

「あはは、いや、教頭先生、令和にお化けって」

「関係ないよ、元号は。ええとだね、占いは知っているかね」

「大好きです」

「お化けは信じなくて占いは信じるってのはどういう……まあいい、五十音を書いた紙を使う占いがあったんだよ、昔ね」

「はあ」

「当時はこっくりさんって言ったんだけどね、その後エンジェル様とかいろいろ名前が変わってね、ヤベ先生のころだとテンシツキって言ったんだね」

「なんでテンシツキなんですか?」

「エンジェルは英語の天使。お化けが憑くとかの憑きで天使憑きってわけだね」

「でもそれって出たりするものなんですか?」

「まあ、お化けは出るって言うからね。おかしくはないだろうね」

「う~ん、たしかに」


 教頭先生はますます頭頂部を輝かせて、眼鏡をくいっとあげる。


「どうだね、解決しただろう。よければお礼に手伝いでも……」

「あ、それは嫌です」


 逃げるように(実際に逃げているんだけど)渡り廊下を走りながら、私は、でも、と思い直した。授業中に占いなんてしていたら、絶対にわかる。だいたい、今日はうちのクラスの教育実習なんだから、私がそれに気づかないはずがない。

 本当に占いなのかな、たしかめてみたほうがいいかも。

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