志賀観音寺 その2
次の日、
素空が初めて登った
志賀孝衛門は、これまで見たことがないほど驚き、深々と
玄空大師が、志賀孝衛門に
志賀孝衛門が、深々と頭を下げた時、玄空大師が制しながら言葉を掛けた。
「志賀様、先代とその奥方もたいそう信心深いお方でした。お2人は間違いなく
志賀孝衛門は、素空と会う日はすこぶる機嫌が良かったが、今日は天にも昇る心持ちだった。
玄空大師には、素空にない熟達した者が持つ安らぎを感じた。『さすが、素空様が敬愛するお方だけのことはあります。何と言う深遠さであろうか。話をしながら、この身を包まれるような穏やかさが伝わって来るのが不思議です』志賀孝衛門は、心の中でブツブツ呟いていた。
「皆様、お寺はあの階段を上がるとすぐです」突然、檀家の代表者の1人、
玄空大師と素空は、門の両側に安置されている仁王像をジッと見ていた。何とも、駄作だった。
「素空様の作とは比べようもないでしょうが、奈良の
「では、志賀様が寄進されたのですか?」
志賀孝衛門は、笑顔を向けて語り始めた。
「玄空様、素空様、どうぞお聴き下さい。志賀の里には50年ほど前まで、天聖宗のお寺がありましたが、
「30年前から、
志賀孝衛門は、茶目っ気のある笑い方を玄空大師に見せた。玄空大師は、この里の人々が信心深いことに感じ入った。
玄空大師はジッと目を閉じ、2体の仁王像に手を合わせ、短い経を唱え始めた。素空は、師が2体の仁王像に心を吹き込む仕上げの手を入れる決意を見て取った。素空が見たところ、2体の手直しには、半月ほど掛かりそうだったので、梅雨の時期を志賀の里で過ごすことになりそうだと思った。
「お住職様、裏手を見に参りましょうか?」素空様の言葉に促され、玄空大師が歩きだした。
裏手は山になっているため、石仏が2体、庭の隅に祀られているだけだった。山の斜面に長い階段があり、途中に赤い鳥居が幾つか立てられていた。階段の下には、狐の石像を置き、階段の先の
「素空よ、稲荷社とはいささか心配であるが、裏手の山に社があるとなれば、裏門の守護神は無用のようだな」
玄空大師の言葉に、素空が答えた。「お住職様がおっしゃる通り、このように裏手の山を社で守られては、仏敵の入り込む隙はありますまい。しかしながら、稲荷社には私もいささかの心配をいたしております」素空の答えを聴いて、玄空大師は弟子の成長を実感した。素空は、我知らず僧としての素直な感想を口にしたのだが、玄空大師にとっては、我が手を離れる前触れのように頼もしく思えた。
素空、玄空大師、志賀孝衛門の3人は、皆から暫らく遅れて本堂に入った。
本堂では、1番真ん中に松石が座り、それを囲むように天安寺から遣って来た僧達が座したが、松石は居住まいが悪そうに落ち着かない様子だった。
「松石や、落成式を前にして、やけに緊張しているではないか?」
興仁大師に冷やかされたが、松石の緊張は
「松石殿、そなたは天安寺にあってはいざ知らず、ここは志賀観音寺なるぞ!そなたはこの寺の住職で、この寺にあっては檀家の拠りどころであるのじゃよ。堂々としなされ、今日はそなたと、この寺のめでたい日じゃ、楽な気持ちで過ごされよ」瑞覚大師は優しく言うと、明智に目配せしてまた語り掛けた。
「松石よ、これは天安寺新堂での落成式の引き出物として用意した物じゃが、そなたの有様を見て早く懐に納めた方が良いと思うたので、仕舞っておきなされ。御仏が心を静めて下さることじゃろうよ」そう言うと、瑞覚大師は笑顔で黙した。
松石が、明智から手渡された懐地蔵を胸に仕舞うと、ドンと体の芯に鈍い響きがあった。胸がほのかに温かくなり、仏の降臨を感じたのだった。松石は次第に心が落ち着き、普段の自分に戻ることができた。
志賀市衛門が瑞覚大師に語り掛けた。「お大師様、松石様は里の誰もが敬愛しておりまして、お人柄の良さは皆が認め、お慕いしております。これは松石様の大いなる徳でありましょう」志賀市衛門の言葉に、瑞覚大師は笑顔で大きく頷いた。
興仁大師は、松石と里人が最も良い関係にあることを認め、松石を住職にして良かったと心から満足した。
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