千手観音の眷属 その3
素空は守護神の仕上げの彫りを順調に進めていた。
一方、明智は
淡戒は、
桐板が到着した日、驚くべきことが起こった。桐板は40枚で、相当の金子を用意していたが、運び込んだ
「栄雪様、これは一体どう言うことでしょうか?以前の岩倉屋様より、ご信心深くなられたのは私にも分かりましたが、このように大枚をお支払い頂くとは、思いも付かないことでした」淡戒は、如何にも解せぬ顔付で言った。
栄雪は、微笑みながら言った。「淡戒、素空様は、あなたが思う以上に素晴らしいお方なのです。つまり、あなたが知らないところでも、あの方を素晴らしいと思うお方が、実に大勢いらっしゃると言うことです。
栄雪の言葉は、淡戒を簡単に納得させた。素空を知る者はすべて、素空の無限の力を信じているのだった。
淡戒は、桐板を切り分けながら、岩倉屋で何があったのか、気になって仕方なかった。昨日、
「素空様、この度桐板と袱紗の代金を、岩倉屋様からお支払い頂きました。それに付きましてお願いしたいのですが…」淡戒の言葉に、素空は何事かと訳を尋ねた。
「岩倉屋様には大変お世話になりましたので、明日にでもお礼を申し上げたいのですが、その時、お礼に素空様の観音様を差し上げることができたら、岩倉屋様もお喜びになるのではないのかと思いましたのでお許し下さい」
「淡戒様、それは良いことですが、粗彫りの観音菩薩ですのでお喜び頂けましょうか?」
「素空様がお彫りになったものは、すべて真の御仏なのです。岩倉屋様がお喜びにならない筈がありません」そう言うと、奥書院の文机から観音菩薩を一体頂いた。
その足で、栄信の部屋に赴き、明日の岩倉屋行きの許しを願った。
「淡戒、それはとても良いことです。岩倉屋様には、正式には
翌朝早くに淡戒が忍仁堂を出て行った。日帰りの予定だった。
まだ薄暗い境内を金剛杖1つで先を急いだ。作業小屋の前まで来ると、背負った観音菩薩が暖かくなったような気がした。淡戒は、良円の薬師如来像のことを思い出しながら、小屋を左に折れて新堂の方に向かおうとした。小屋に黙礼して合掌すると、新堂まで下り、仁王門に向かってまた黙礼して合掌した。東山までは、15を超える
淡戒が岩倉屋に到着したのは
「これはこれは、淡戒様、今日はどのようなご用でしょうか?」
岩倉屋惣左衛門が先に見付けて声を掛けた。淡戒は側まで来ると笑顔で挨拶し、先日来の岩倉屋惣左衛門の好意に感謝した。
「素空様に頂いた幸福は、とても、あれほどのことでお返しできるものではありません。どうか、お気になさらないで下さい」
岩倉屋惣左衛門の語り口も、物腰も以前の彼を知っている者なら必ず驚くだろう。淡戒は、今日その訳を知ろうと思っていた。
淡戒は客間に通されると伝えるべき用件を先に語った。
「岩倉屋様、先ずは先日のお礼に、素空様が彫りました観音様を持参いたしましたので、お納め下さい。また、栄信様からの伝言で、新堂の落成式には是非ご出席下さるようお願い申し上げます。
岩倉屋惣左衛門は神妙に聴いていたが、恐縮しながら礼を言った。
「これはまことにありがとうございます。是非にも出席させて頂きます。その包みの中に、素空様がお彫りになった観音様が?…」
岩倉屋惣左衛門の興味は、包みの中に注がれた。
「素空様は粗彫りなのでお喜び頂けるか?と申していました」淡戒は、そう言いながら包みを開いて手渡した。
岩倉屋惣左衛門は、目を見張り言葉がでなかった。そして、観音菩薩を受け取ると胸に仕舞い込んだ。
淡戒が単刀直入に質問した。
「岩倉屋様、この度の
岩倉屋惣左衛門は笑顔で聞いていたが、すぐにまじめな顔で、1年前のできごとを昨日のことのようにハッキリと思い出しながら語り始めた。そして、おコウの病が癒され、家人が次第に信心深くなって来たことを語った。
淡戒は、釈然とせず、もう少し詳しく話してくれるよう願った。
「それでは、少し長くなりますが、お話いたします」そう言って話を続けた。岩倉屋の菩提寺のことや、金箔の阿弥陀如来のことまで話した。
岩倉屋惣左衛門はこれがすべてだと言って語り終えた。
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