明智の罪 その4
3日目、善西には5人の仲間が残るだけになっていた。その5人も悠才以外は、脱出の機会を失い、仕方なく付いているだけだった。
善西の部屋は薄暗く、重苦しい空気に包まれていた。もうとっくに自分達が孤立して、誰も帰って来ないことが分かっていたが、それでも、部屋の中に座っていると、帰って来ることを期待しているように見えた。この時の善西の表情は、帰った者を八つ裂きにしそうなほど、緊迫し、
素空は、栄信と明智を伴い善西の十人部屋を訪れた。
栄信はいよいよ対決の時が遣って来たのだと、気を引き締めながらも、明智の様子を気に掛けていた。
素空はこの時以外にすべての僧を、仏の前に屈服させることはできないと思った。
善西は、5人の仲間と共に部屋に居たが、素空達が姿を見せると、なおも強がりを言った。同時に5人の配下を睨み付けて、『離反すれば制裁を下す』と言わんばかりの形相だった。善西は以前より狂気に満ちた顔をして、その心模様がそのまま醜い顔を作っていた。
一味の崩壊は、傲慢で誇り高い善西にとって、考えられないことだった。自分が明智より優れているとは、決して思っていなかったが、明智に次ぐ
この2日間で、去って行った仲間達が、自分の遣り方ではなく、仏への畏れによるのだと言う思いを譲らなかった。しかし、そう思うだけで、自分が仏への畏れを少しも抱いていないことを、気にも留めていなかった。
『悪いことは決してしてはいないのだ。御仏の前でも何も畏れることはないのだ。我らから離れて、老僧高僧の足元にひれ伏すと言うのか!愚かだ!どうしてこうなったのだろうか?』善西はブツブツと独りごとを繰り返していた。
【善西、悠才よ!心を改め御仏に赦しを乞いたまえ!】素空が一喝した。
栄信と明智がこのように怒りを露わにする素空を見るのは初めてのことだった。
善西と悠才は急に牙を抜かれた獣のように、一瞬で萎えてしまった。
【
残された2人は、窮地に落ちたことを実感した。
素空が声を落として静かに言った。
「お2人は、僧として決して赦されぬ罪を犯しました。そのことをお分かりですか?そして、御仏に向かいどのように身を処すおつもりか伺いたい」
しかし、2人は黙して語らなかった。
「お2人が為したことは、御仏の前で裁かれるでしょう。御仏の罰は人知の及ばぬ苦難をお与えになるのです。悔い改めるに遅いことは決してありません。御仏に恐ろしい苦難を与えられることを仏罰と言います。僧への仏罰は斯くも恐ろしき苦難となるでしょう。さあ、今から悔い改めるのです」
悠才は恐れた。毎日仏と向き合う僧ならば、これ以上抗うことなどできなかった。悠才が下り、残るは善西1人になった。
「善西様、あなたはもはや徒党を組むことも、人を動かすこともできなくなりました。…僧は元来、御仏の御慈悲に適うように生きる者で、我独り御仏に倣いて生きるのが基本なのです。あなたは今、僧の根本に立ち返っただけなのです。悔い改めなさい。御仏の御慈悲はあなたが思う以上に深いのです」善西が下った。
明智は、呆然とし、目の前にいる善西が、自分の身代わりに過ぎないように思うと実に不憫だった。善西が背負った罪はすべて自分が蒔いた種から生まれた物だと言うことを思うと、身を引きちぎられるように辛く悲しい思いだった。
『御仏よ、どうぞ善西が背負った罪を、私を罰することで償わせたまえ』明智は心の中で一心に願った。
天安寺東院で嘗て異端と言われた者達は、すべて正しい仏道に立ち返った。
後日、素空と明智は、栄信の部屋で歓談していた。既に宇鎮と西礼は鳳凰堂に移り、皆と修行の日々を送って、その前には良円の死に際の言葉通り、良円の薬師如来像が祀られていた。善西と悠才は、西院の喜仁大師の下で修行していた。
「素空様、皆それぞれに正しい仏道に立ち返りましたが、これで終われば、何やら片手落ちと言う気がいたしますね」栄信が茶目っ気を見せて、素空と明智を眺めた。
「片手落ちとはどのようなことでしょうか?」明智は、栄信に問い返した時、傍らで素空が、明智に語り掛けた。
「明智様、それは狡猾な老僧や、傲慢な高僧にも同じように、正しき仏道に立ち返って頂くことなのです。既に、明智様にはおできになることです」
栄信は、素空の言葉に興味を示して身を乗りだした。
「天安寺に参ってより、かねがね心の隅から消えなかったことです。仏師方として励むうちに、当然の如く技の上達を図るために、皆様に懐地蔵をお作り頂きました。既に80体を超えています。懐地蔵に御仏の御心を彫り込み、新堂の
明智は涙を浮かべ、素空に感謝し、その思いの深さと確かな実行力に敬服した。
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