明智の罪 その3

 明智が来て、2人の寝顔を確かめると、小声で栄信に感謝した。

 「栄信様、この度はお力添え頂き、まことにありがとうございました。栄信様にお世話頂かねば、2人の命は尽きていたでしょう。私が犯した罪はまことに大きく、このような結果を生んでしまいました。六円の知らせがなければ、2人は私が蒔いた種のせいで死んでいたことでしょう。私は今、自分の犯した罪を心から悔いています。そして、如何いかに償いをすれば良いのか御仏に問い掛けております」

 明智は涙にむせび、それ以上語ることができなかった。

 栄信はなだめるように優しく語り掛けた。

 「明智様、確かに天安寺の僧は、嘗てあなたがご指摘なされたようなところが、しばしば見受けられました。私も少なからず、そのような僧の1人だったと思います。素空様と出会い、お話をするうちに気付かされたことが沢山あります。そのことも然り、僧でありながら位の高さを重んじ、当然のように、人を裁いていたように思います。私達も、あなた方と同じだったと言うことに気付いたのは、素空様のお陰です。この度の迅速なお働きを見るように、一事いちじ万事ばんじを見ることができるお方は数少ないでしょう。してや、御仏と同じ目線を持つお方は他に知りません。本日のことは、御仏と素空様に感謝するのが良いでしょう」

 明智はグッと目を閉じた。

 その後、明智は奥書院に戻って行った。既に床が延べられ、夜の勤めをするばかりだった。夜の勤めの後、素空が言った。

 「明朝から2日の間、善西様のもとから抜け出るお方が参ることでしょう。お1人残らず、おかくまい下さい。また、この部屋を空けることのないよう、全員待機して下さるようお願いいたします」

 皆は素空の企ての行方がハッキリと見えていた。明智は、素空の傍らに座して、涙を見せて感謝した。己が蒔いた種を、どうすることもできないまま、手をこまねいていた。罪悪感にさいなまれ、つぶれそうな心を仏に委ねて来たのだった。

 「私の為したる罪を、素空様の機転で滅ぼして頂くことになりました。何から何まで、素空様のお陰です。ありがとうございました」明智が涙ながらに感謝した。

 素空は、ジッと聴いていたが、暫らく間を置いて答えた。

 「何度も申し上げますが、明智様は罪を犯したのでも、罪の種を蒔いたのでもありません。天安寺の僧の中に、心改めるべき方々がいたため、そのことに反発されたのでしょう。心改めるべき僧も、それに反発する僧も、人の集まりの中に生まれたものなのです。己の心を御仏にのみに向けていれば、どちらも生まれることはなかったのです。人が蒔いた種に、悪しき芽が出るのなら、人の手で摘めば良いだけです」素空はジッと目を閉じた。

 明智は、自分に欠けたものをすべて持っている素空に、神仏にぬかずくようにこうべれた。

 翌朝、朝の勤めが始まり、すべての僧が忍仁堂に集まったが、明智と仁啓、法垂の3人は既に奥書院に待機した。朝食まで続けて交代した。次は、淡戒、栄至、胡仁が待機して、造反者を待ち続けた。

 素空は、栄信に造反者の受け入れ先を相談した。大半の僧が造反すると20数名に上るため、奥書院ではとても収容できなかった。

 素空は奥書院に戻って、日常の仕事をこなした。淡戒達鍛冶方は、鍛冶場の機材の返納など、今後の仕事の相談をしていた。

 朝のうちに4人が抜け出し、その中に六円りくえんがいた。口々に仏の怒りをこうむらないよう、恐れて経を唱えていた。六円は駆け込んですぐに、明智にすがり、明智は優しく言葉を掛けた。

 「六円、この度のお働きはお見事でした。知らせたばかりでなく、帰って元のように振舞うことは、さぞ勇気がいったことでしょう」

 「明智様、大日如来像を懐に入れていましたら、心が清水のようににごりなく、はがねのように強くなりました。夜半に目覚めて心の中で経を唱え、ジッとお2人のことを思っていたら、懐の如来様が金色こんじきに輝きました。素空様が仰せの通り、本当の如来様でした」明智は、六円の言葉が信じられず、己の彫り物が金色の光を放つことなどあり得ないと思った。

 この日、夕刻までに3名が抜け出し、合計7人に上った。抜け出した7人は、日暮れと共に、奥書院から鳳凰堂ほうおうどうに逃れた。

 鳳凰堂は、忍仁堂の隣に位置し、素空が忍仁堂に入る前に座禅を組んだ岩のあるところで、忍仁堂、天空堂と並び、東院の3大伽藍さんだいがらんの1つだった。栄信が、瑞覚大師に願い出て、一味いちみの手の届かない場所を得ていたが、鳳凰堂の座主ざす仙啓大師せんけいだいしと言う玄空所縁げんくうゆかりの僧が務めていたことも選ばれた大きな理由だった。

 翌朝は、更に9人の僧が逃れて来た。

 善西は、宇鎮と西礼が消え去って以来、ありとあらゆる場所を探し回った。素空の奥書院には言うに及ばず、栄信の灯明番の部屋にも遣って来たが、すぐに分かることがないように手を打ってあった。時を追うごとに善西は焦った。仲間が抜け始め、残った者の口から『御仏の仕業』と言う言葉を聞くたびに怒り狂った。それでも仲間が次々と逃げ去り、2日目の夜には、素空と明智のところに怒りをぶつけに来た。

 「明智様、我らの仲間をどこに隠されたのですか?」善西は、悠才を伴い声高に叫び、明智は終始とぼけ通した。すると今度は、素空に向き直り、同じことを訊いた。

 「善西様、それはお門違いと言うものです。あなた方の御仲間内でどのようなことが起きたのかは、仏師方のお勤めとは何も関わりありません。私共は、これより懐地蔵を作らねばなりません。さあ、お引き取り下さい」

 素空は、いつになく強く言い放ち、善西は、素空を睨み付けて部屋を出て行った。

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