二章 聖女の食卓は華やかに

#2ー1 あと何でしたかしら?(ルイーズサイド)

 その日のイングリッド様は昼食の進みがよろしくないご様子でした。

 一口をゆっくりと口に運んではため息をつかれ、しばらく間をおいた後で再び同じことを繰り返されています。

 

「イングリッド様、食事がお口に合いませんか?」

「ん……そんな事ないよ。たぶん、美味しいんだろうねコレ」

 

 そう言われた直後に再びため息をつかれました。

 

「気分によって欲するものは違うものですわ。料理長に言って別なものを用意いたしますか?」

「あ、いやっ、いいから。これでいい……」

 

 イングリッド様がようやく聞きとれる程の小さなお声で、最後に「だって洋食が洋食に代わるだけだし」と呟かれたのをわたくしは聞き漏らしませんでした。

 

「イングリッド様、身の回りのお世話を預かるものとしては思われることは忌憚なく仰って頂けたほうがより良くお仕え出来るかと」

「そうは言ってもさぁ――」

 

 イングリッド様はスプーンを置くとテーブルに頰杖をつかれました。

 

「わかる? 生まれてからずーっと日本で育って暮らしてた人間がよ、例えばある日突然フランスとかに連れてこられて毎日毎日フランス料理ばかり出されたらさ、さすがに飽きもくるでしょ? どうせならマックとか食べたいし本当はお米のご飯も食べたいのっ。それにポテチにラーメン、あー、牛丼も食べたい! 醤油が欲しいのよぉっ」

 

「申し訳ございません、もう一度仰って頂いてもよろしいでしょうか。『ラーメン』『オコメ』『ショウユ』……あと何でしたかしら?」

「もういいよっ! どうせそうなるでしょ」

 

 イングリッド様はテーブルに伏して肩を震わせておられます。

 

「イングリッド様……」

 

 伝え聞いたところでは、イングリッド様が聖女に選ばれてからというもの、一ヶ月間の厳しい修行を行われたそうです。さらに正式に聖女となられてからはほとんどの時間をこの聖女宮での聖務か式典への参列、巡幸だけの日々を送ってこられました。

 その重いお役目を果たすには、何か心の支えというものはやはり必要なのでしょう。

 

「イングリッド様。イングリッド様がご所望のものをなんとかご用意したいとは思うのですが、料理長に相談してもやはり見たことも聞いたこともないものばかりだとしか……」

「そりゃそうでしょ、この世界にはないものなんだから……ん?」

 

 テープルに伏したままそう仰られたイングリッド様の肩の震えが止まりました。

 

「そうだ、なんでそっちを思いつかなかったんだろう」

 

 突然、イングリッド様は勢いよく立ち上がると「厨房はどこだっけ!」と声を上げられました。

 

「厨房はお部屋を出て二つ目の回廊を右に曲がった奥の扉ですが……」

 

 わたくしの言葉が終わる前にイングリッド様はお部屋を飛び出されていました。

 

「イングリッド様! いったいどうなされたのですかっ?」

 

 慌てて後に続く私に、イングリッド様が走りながら弾んだ声を上げられます。

 

「そうだよっ、無ければ作っちゃえばいいんだよ!」


 私はそのお言葉の真意がわからないままに、イングリッド様の後を追いかけました。

 

 【続く】

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