#1ー5 副作用(イングリッドサイド③)
「はあぁ、アリオン王の長い演説と馬のウ○コの匂いのせいでどっと疲れたわ」
「誰もいないとはいえ、聖女様がそのような言葉を口になさってはいけませんわ。そして儀礼用の装束からお召し替えが済みましたらすぐに慰問と祝福が始まりますのよ」
控えの間のソファに寝転がった私にルイーズが巡幸用の装束を用意しながら答える。
「ねぇ、聖女業ってブラックなの? 労基に駆け込みたい気分なんだけど」
「『ローキ』とはなんでございましょう?」
「……なんでもない」
そしてワタシは手際よく巡幸用のシンプルな装束に着替えさせられ、ルイーズに会場前の扉へと引っ立てられた。
「それでは参りましょう。ほら、イングリッド様、笑顔がお留守ですわ」
ワタシが貼り付けたような笑顔を作ると、兵士によって会場の扉が開かれた。
会場内には百人を超える兵士達が居て、ワタシの姿を認めると大きな歓声が上がる。
左右に分かれて道を作る兵士達の前をワタシは笑顔のまま歩を進めた。
「なんてお美しいんだ」
「まるで大輪の花のようなかぐわしさだ」
囁く兵士達の声が聞こえる。
――ひぃ、やめて褒めないで。モブは褒められることに慣れてないのよ。緊張して手と足が一緒に出ちゃうよぉ。
背中に嫌な汗を感じながら中央まで辿り着くと「よし、聖女様に診ていただけ!」とか「重症者が先だ」の声が飛び交い、ワタシの前に同輩に肩を借りた兵士が歩み出た。
「聖女様! このオルベは獣人軍に斧で腕を断たれました。どうか腕を繋いでください。腕は氷で冷やしておきました」
肘の先がブッツリと切断され、上腕を布で縛り上げられた兵士がワタシの前に腕を差し出した。
別の兵士が肘より先の腕を一緒に掲げる。
生々しい切断面が視界に入った。
「はぅっ」
――うっ、これでしばらく生ハムは食べられないな。
「オ、オルベの腕よ。繋がれ、つながーれー」
ワタシが合わせられた腕の断面に両手をかざすと、手のひらからぼうっと白い光が発せられ、腕の断面がブチユブチユと音をたて始める。
やがて肉と血管が互いに引き合うように繋がり始めて最後に皮膚が塞がると、後には薄っすらとした赤い筋だけが残った。
周囲から「おおっ」と歓声が上がる。
これがワタシの二つ目の祝福「聖女の奇蹟」の力だった。
傷や病気を治癒し、欠損していなければ今のように千切れた身体をつなげて再生することも出来る。
ただし、治癒出来るのは生きている人間だけで、死者を生き返らせる事と寿命で命尽きるものを治癒する事は出来ないらしい。
「しばらくは無理をなさらないようにしてくださいませ。それでは次の方〜」
ルイーズが呼びかけると、今度は顔の半分に布を巻いた兵士が従者らしき人に手を引かれて進み出た。
「ヘンケル兵士長は獣人軍の攻撃を受けた際に、左目を矢で射られてしまいました。聖女様、何卒お願いいたします!」
ヘンケル兵士長が顔を覆う布を外すと、左目の部分はぽっかりと黒い穴が開き、残存していた眼球の残りがドロリとほおを垂れた。
「へぅう」
――あーあ、半熟たまごも当分ダメかぁ。
「へ、ヘンケルの目玉ぁ、治れぇ、なおーれぇぇ」
ワタシがヘンケルの左目に手をかざすと、ポッカリと開いた穴の奥からゴボゴボと血の塊のようなものが湧き出してくる。
その血の塊が目からビュッと噴き出すと、血が流れ落ちた後には、眼球が覗いていた。
「おお、ボンヤリとはしていますが、見えます! 見えます聖女様!」
「ヨ、ヨカッタネー」
地に伏せるほど頭を下げて去っていくヘンケルを見送りながら、ルイーズの「次の方〜」の声が響く。
今度は2メートルを越えるかと思うような巨漢の兵士が、やはり同じように巨漢の兵士を背負ってヨロヨロと進み出てきた。
「この背中のサムソンは敵の仕組んだ落し穴に掛かり、穴の底に仕掛けられた尖った杭で、大事な『穴』に深い傷を負いました!」
「え、え? どこを?」
イヤな予感がする。
「よし、お見せするんだ」
サムソンがワタシにお尻を向けて床に這う姿勢をとった。
サムソンを背負っていた兵士が、無操作にサムソンのズボンを引き下げる。
「はぎゃっ⁉」
サムソンのソコ……お尻の穴はざっくりと中が見えるほどに裂けていた。
――はいっ、これで永久にホルモン焼きはNGになりました。
傷口もさることながら、むさ苦しい巨漢に丸出しの状態で毛むくじゃらのお尻を突き出されるという最悪の光景に、ワタシの胃のあたりが急激に収縮し始めた。
――あ、ヤバ。このままだと吐………………吐…………………けない⁉
何てことだ、ここで「女神の絶対加護」の副作用が出るなんて。
女神の絶対加護はワタシの生命や健康に影響を及ぼすものに発動する。
特に生命への影響の部分についてはほぼ完璧だ。
ただし「健康への影響」の方には実はグレーゾーンが存在する。
辛い料理を食べれば一応舌はピリピリするし、以前ルイーズから逃げ回ってクローゼットの角に足の小指をぶつけた時はケガはしなかったけど、まぁまぁ痛かった。
食事の温かさや味を感じたり、ものを触る触覚といったものがないと生きるのに不都合があるからある程度遊びがあるんだろうけど、その当たり判定がけっこう雑なのだった。
絶対加護はワタシが吐くのはアウトと判定したらしい。
――だったら、気持ち悪さもなんとかしてくんないかな。
ワタシは微妙な船酔いみたいな状態で、サムソンのお尻に手をかざした。
「サ、サムソンのお尻、うっく、ふ、塞がれー、ふさがーれー、うっく」
サムソンの裂けたお尻の傷口からゴボゴボと血の塊のようなものが湧き出し、徐々に傷を塞いでいく。
「アッアーッ、塞がるっ、聖女様、お尻が塞がりますぅ」
――うるさい、変な声だすな。
やがてサムソンの傷は塞がり、そこは(たぶん)元の状態に戻った。
「おおっ、治った! 治ったよアドン!」
サムソンは立ち上がると、サムソンを背負ってきたもう一人の巨漢とガシッと抱き合った。
「よかったっ! サムソン、これでまた君と合体技が出来る!」
サムソンとアドンはワタシに向き直ると深々と頭を下げた。
「聖女様、誠にありがとうございました!」
「あ、あい。お……お幸せに」
腕を組んで去っていく二人を呆然と見送るワタシの横で、ルイーズの「次の方〜」の声が響いた。
【続く】
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