#1ー3 祝福者(イングリッドサイド①)
「イングリッド様、ご自身の『祝福』をお忘れになったわけではないですよね?」
ルイーズが埃にまみれた装束を畳みながら嘆息した。
鮮やかな赤毛と猫のようなクリっとした鳶色の瞳、ワタシよりも頭一つ高い長身のメイドは、新しい装束をクローゼットから取り出して手早く私の身体にまとわせる。
「うん、わかってる」
「それではなぜあのようなお振舞いを?」
「……あの高さならもしかしていけるかと思って」
「女神様の祝福を侮られてはいけませんわ」
この世界では、女神から与えられる「祝福」と言われる特殊な力や技能が存在し、それを持つ者は「祝福者」と呼ばれていた。
様々な種類の祝福がある中で、私の「女神の絶対加護」は、聖女だけが持つ特別なものらしい。
「女神の絶対加護」は文字通りワタシに降りかかる全ての攻撃、事故、災厄からワタシの身を守るもので、それがたとえ自分から仕向けたものであっても自動的に発動する事になっている。
だからワタシは武器等で襲われても高所から落下しても傷つかないし、魔法や毒も通用しない。
ワタシに触れられるのは害意のない人間だけだし、生きるのに必要な熱いとか痛いといった感覚は、生命や健康に影響しない範囲でしか感じることもなくなった。
ワタシは防御という観点で見ればほぼ無敵といえる存在になったけれど、この事は逆に今のワタシを苦しめる結果となっている。
なぜならワタシは病気にもならず、殺される事も自殺することも封じられたからだ。
つまり、ワタシは自分の寿命以外で死ぬことが出来なくなったのだ。
――はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう。
ワタシは(痛くはないんだけど)頭に手をあてて考えこんでいた。
※※※
あの日目覚めたのは、全く知らない場所だった。
金糸で彩られた壁紙と高い天井、そして私が目覚めた天蓋付のベッドは以前テレビか何かで見たことのある西洋の宮殿を思わせた。
「ここは……どこ? なんでワタシこんなトコにいるの?」
ベッドから身を起こした私が茫然としていると、重厚な木製の扉がおもむろに開く。
そこから顔を出したのは、メイドのような出で立ちをした年配の女の人だった。
彼女はワタシの姿を認めると、あっと小さく声を放った。
そのままよろけるように後ずさると、扉を開け放ったまま「旦那様! 奥様!」と叫びながら走り去っていく。
しばらくすると、先程のメイドの他に豪華な衣服をまとった中年の男女と、使用人らしき何人かの人間が部屋に駆け込んできた。
「イングリッド!」
「本当に、本当に目覚めたのね⁉」
そう叫んだ中年の男女がワタシの元に駆け寄り左右から抱きしめる。
「ああ、やっと! この時をどれほど待ち望んだことか」
イングリッド――?
その時、ワタシの頭の中に激流のような様々な言葉や映像が流れ込んできた。
「う、ああっ」
それが徐々に収まってくると、ワタシは唐突に理解した。
ワタシはイングリッド・オールストレーム。
公爵を拝命するオールストレーム家の長女だ。
ワタシを抱きしめているのは父のエドヴァルドと母ドロテーア。
ここは屋敷のワタシの部屋だった。
それらの事をワタシは思いだしたのではなく理解した。
なぜなら、それはワタシではなく、この身体の本来の持ち主の記憶だからだ。
ワタシの「本当の名前」は
宮殿に暮らす令嬢などとは程遠い毎日を送る十七歳の高校生だ。
部屋の中に視線を移すと、ベッドの横にある大きな姿見にワタシの姿が写っていた。
そこには、少しやつれてはいたが黒髪の美しい少女がいた。
【続く】
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