07.02.XX2X 曇り


 ライトがまばらに照らす薄暗さの落ちる白い廊下に、一人歩く靴の音が響く。

──ああ。どうして。だから、雨は嫌いなのよ。

 わたしの頭の中を支配するのは、ただその悔恨だけだった。


 やがて辿り着いた、銀色のハンドルの付いた目の前の引き戸を開く。中で待つのは、白い白衣の“ドクター”と、とても看護士とは言えない冷めた雰囲気の助手のような男だ。

 促されるまま椅子に座る。正面に相対するドクターが口を開く前に、無意識のうちに捲し立てていた。

「なぜなんです……? まだ17年しか経っていないのに……。あと3年はあるはずでしょう?」

 わたしの問いかけに、ドクターは当然だと言わんばかりに冷たく言い放つ。

「まだ完全とは言えない技術ですからね。17年前ともなると尚更。生物である以上、細胞の状態、母体の健康状態、様々な影響が出ることは当然です。必ずしも完全な再現が成功するとは言えません。結果的に少々肉体が弱くなり、被験者オリジナルと同じ病状が早くに表出してしまったのかと」

「……そんな……」

 膝の上に置いた手が強張る。

──レイニー……。また神様は、あなたとわたしを引き離そうとするのね。

 いくつもの笑顔が、思い出が、消しようもないあたたかい記憶として頭の中を駆け巡る。

──いえ。いいえ。そんなことさせない。

 気が付けば、この意志で貫くようにドクターの瞳を見つめていた。

「……ドクター。もう一度。もう一度、わたしに機会をいただけませんか」

「卵子は他のものを使用するとしても、貴方の肉体年齢からして、前回より状態が最優だとは言えませんが」

 今回もこんなことになってしまったのに、わたしに出来るのか。不安がないわけなんてない。それでも──

 そっと、腹部に触れる。在りし日のぬくもりが手の中に蘇った。

 のだと、はっきりと感じたあの得難い感覚。重みが増すにつれて強く実感していく愛しさ。きっとまた頑張れる。

「出来ないわけではないのなら、わたしに母体にならせてください」



 ▼



 曇天で翳る空が窓に映る。陽の光を隠された室内は薄暗い。

 じっとりと圧し掛かる空気の室内で、レイニーはたくさんの管の伸びたベッドの上に横たわっていた。初めてではないのに、いくら見ても慣れない光景に胸が締め付けられる。ベッドの側に置かれた丸椅子に腰を下ろした。

 今、生命維持装置で辛うじて命を繋ぎ止めているレイニーは、元々心臓に重い欠点を抱えていた。わたしたちにとって当たり前のことすら満足に出来ないこともあるレイニーは、それでも未来を見て生きている。

 がいつか、大空の下で語っていた夢。

──「私、お医者さんになりたいの。このポンコツな心臓を治す方法を勉強して、克服したいのよ。そうしたらクラウディアと、もっと遠くまで遊びに行けるようになるかもしれないでしょ?」

 叶えてあげたい。いえ、叶えてあげるの、わたしが。

 重く閉じられたまま開くことのないまぶたに、そっとキスを落とす。

「また、誕生日を祝えるのが楽しみよ、レイニー」

 そっと、上を向いて開いた手のひらに触れる。握り返すことのない手は、あたたかかった。



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ノスタルジック レイニー 猫矢ナギ @Nanashino_noname

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