第83話 飼い殺し
「ぷぎゃ!ぷぎゃ!」
朝起きて日課のランニングをしていると、池から顔を出したフェンリルが興奮したかの様に騒ぎ出す。
何事かと思い足を止め、真っすぐに上に向かっているその視線を追って俺も空を見上げる。
「雪か……」
どうやら生まれて初めて目にする降雪に、フェンリルは興奮していたようだ。
まあ子供や犬猫と同じだな。
「そうか。もうだいぶん寒くなってきたもんなぁ」
季節的には冬と言っていい。
屋敷から出る際は俺も厚着して行動しなければならないぐらい寒くなっていたので、雪が降ってきても不思議ではなかった。
因みに、屋敷には結界が張ってあるので内部は快適で、降ってきている雪はそれに阻まれる形で触れると同時に消えていく。
なので屋敷に雪が積もる様な事はない。
屋敷マジ快適。
政務がないなら、冬の間は屋敷の敷地から一歩も出たくない程に。
「フェンリルは白竜なので、雪が好きみたいですね」
よっこっらしょと言いながら、カッパーが地味に池から上がって来る。
「ああ、そういやそんな種族名だったな」
白イコール冷気なのはよくある話である。
「ぷぎゃぷぎゃ」
「ふむふむ、外に遊びに行きたい?」
フェンリルが鳴き、カッパーがそれを翻訳する。
「いいでしょう!フォカパッチョ、ちょっくらフェンリルと散歩にでかけてきますね」
カッパーは普段はものぐさで何もしたがらない奴だが、我が子の様に可愛がっているフェンリルの頼み事だけは聞き入れる。
出来れば俺の頼み事もこれぐらいスムーズに聞き入れてくれるとありがたいのだが。
「まあ別にいいけど。町にはいくなよ。絶対みんなびっくりするから」
フェンリルはかなり成長していて、人間を数人乗せられる程の大きさにまでなっていた。
村の人間は全員知っているから問題ないけど、町で暮らしている人達はフェンリルの事を知らないからな。
このサイズの魔物が急に近寄ってきたら、偉い事になるのは目に見えている。
「やれやれ、それぐらいはこのカッパーも理解してますよ。心配性ですねぇ、フォカパッチョも」
「相手がお前だからな」
自由人に釘もささずに行動させたら、何を仕出かすかわかった物ではない。
「遺憾です」
何が遺憾だ。
「まあ安心してください。向かう先は死の森にするつもりなので」
「まあ死の森なら人間は……って、いやいやいや。危険だろ。あそこには魔物が出るんだぞ」
「だから行くんじゃないですか。そろそろフェンリルも狩の仕方を覚えないと。野生に帰す時のことも考えて」
保護動物は、ある程度成長したら野生に帰すのが常識だ。
そう考えると、フェンリルに狩の仕方を教えると言う主張自体は間違っていない。
むしろ全うと言えるだろう。
が――
フェンリルは魔物だ。
それも最強クラスの。
そんな奴を育てて野に放つとか……
他所の領地に飛んで行った日には、もはやテロ活動以外何物でもない。
「いやいやいや。フェンリルは外に放ったりしないぞ」
「おやおや。別れたくないという気持ちはわかますが、子はいつか親の元を巣立っていく物なんですよ。我慢してください」
「親心うんぬんで言ってる訳じゃない。ドラゴンなんて野に放ったら、どんな影響が出るかわかった物じゃないだろうが」
「どうせ死の森辺りに住み着くんですから、そんなに気にしなくいてもいいですよ」
「死の森は死の森で駄目なんだが?」
死の森は現在、冒険者達の新たなフロンティアとなっている。
それはスパム男爵領において、最大売りといるだろう。
そんな所に凶悪なドラゴンが住み着いて、冒険者を殺しまくったらどうなる?
俺なら絶対狩場を変えるね。
死にたくないし。
他の奴らだってそう考えるだろう。
そうなったら、冒険者が激減するのは目に見えている。
そしてその状況で取れる手は二つしかない。
ドラゴンを討伐するか。
領の発展を諦めるか、である。
自分で育てたドラゴンを討伐するなりさせるなりするのは気が進まない。
かと言って、領の発展を諦めるのもごめんだ。
そうなると俺にできる行動は一つしかない。
「フェンリルは野生に帰さずにここで飼殺す」
そう、これ一択。
「フェンリルが生きてる間は、カッパーがきっちり面倒を見ろ。それが卵を孵したお前の責任だからな」
ドラゴンの寿命を考えると、俺が先に死ぬのは確実だ。
なので責任はカッパーに背負って貰う。
勝手に孵化させたんだから当たり前だよな?
俺が死んだ後もちゃんと世話しろよ。
まあカッパーだけでは不安だから、他の3人の精霊にも頼んでおこう。
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