第82話 つゆ知らず
エルロンド教本部。
聖堂。
今そこで次期聖女の最終選考が行われていた。
聖女が倒れ、意識不明の状態に陥ってしまったからだ。
現聖女の年齢は120を超え、既に人間としての寿命の限界に差し掛かっていた。
そのため、もうこのまま亡くなってしまうだろうと教会は判断したのである。
「これは……」
最終選考に選出された聖女候補は4人。
生まれやその業績は全員申し分なく、その人格面も優れている人物ばかり――少なくとも表面上は――だ。
そのため最終的な判断はその身に宿す神聖力の高さで決まる事となり、4人全員の神聖力の測定が行われたのだが……
――その中に一人、ずば抜けた力を示した者が居た。
「なんという神聖力……」
金の司祭服を身に着けた老人、大司教がその人物――バロネッサ王国第一王女ペカリーヌ・ラ・バロネッサの事を、驚きに目を見開いて見つめる。
彼女の神聖力は、歴代聖女達と比べても異常な程の数値を叩き出していた。
それはもはや異常と言ってもいいレベルだ。
「いったいこれ程の力を、貴方はどうやって得たと言うのですか?」
大司教がペカリーヌに尋ねた。
受け取り方次第では不正を疑っているかの様にも聞こえるが、彼にそんな意図はなく、ただただ驚きからくる純粋な質問である。
――その場の全員の視線が、ペカリーヌ王女へと注がれる。
神聖力は伸ばすのが非常に難しい力である。
にもかかわらず、候補者の中では決して高くない、いや、それどころか低い方に分類されていたペカリーヌ王女の神聖力が倍増した理由を、気にならない人間などこの場にはいないのだから注目は当然だ。
「
「奇縁ですか?」
「はい。婚約者であるケイレス・スパム・ポロロン様から頂いた品に、神聖力を含んでいる物があったのです。それに触れる事で、私の力が増幅される様に感じられました。そのお陰ですわ」
「そのような神物が……素晴らしい良縁に恵まれたようですね」
「はい。ケイレス殿下には、感謝の気持しかありません」
「なんにせよ……次期聖女は貴方で決定です。ペカリーヌ・ラ・バロネッサ」
周囲から拍手が巻き起こる。
「おめでとう。ペカリーヌ様」
「おめでとうございます」
他の聖女候補達も、彼女に向かって笑顔で拍手し祝福ていた。
最も、内心は笑顔からほど遠い物だったが。
それは当然だろう。
運よく手に入れた物に頼って力を高めた。
決して自らの努力で手に入れた訳ではないのだ。
その事をずるいと思わないライバルはいないだろう。
だがその事を口にする者はいない。
嫉妬をさらけ出した所で、自分の下に聖女の席が転がり込んでくる事が無いと理解しているからだ。
下手にそんな真似をすれば、後々の自分の足を引っ張りかねない。
「ありがとうございます。若輩者ではありますが、次期聖女として恥ずかしくないよう努力していきたいと思います」
――こうして、次期聖女がペカリーヌ王女へと決まるのだった。
運が良かっただけの女を、聖女にしていいのか?
一見、相応しくない様に思えるかもしれない。
しかしそもそも、聖女の基準である貴重な神聖力を持って生まれてくる事自体が運なのだ。
そこに個人の努力の入る余地はない。
そう、つまり……選考の根幹事態が運なのだ。
そこから更に運で聖女が決まったとしても、何が問題であると言うのか?
寧ろありえない程の幸運は神の思し召、運命ですらあるとエルロンド教は考えるだろう。
――『おめでとう』
頭上からかけられた美しい声に、ペカリーヌが視線を上げる。
そこには純白の翼をもった天使の様な姿をした精霊の姿があった。
――光と闇を司りし精霊・デストラクション。
人の姿には映らず、ペカリーヌの目にのみ映るその精霊はこそ、アイバス子爵家の長男アルゴンから受け取った小さな黒い石の力の正体である。
――この精霊は、世界を混乱に陥れる為に邪霊神に生み出された存在である。
世界の救済と言う言葉を鵜呑みにしたペカリーヌは、デストラクションと共に、聖女として世界を導く事を夢見ていた。
デストラクションの口にした救済が、邪悪な人類を駆逐し、世界に真の安寧を齎す事であるとも知らずに。
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