第75話 油断大敵

「むう……」


朝目覚めると、腹の辺りに何か重しを乗せられている様な感覚を覚え、首を動かし腹部を確認すると――


そこには、白くて丸い物が乗っていた。

ドラゴンのフェンリルである。


「なんでこいつが俺の上に乗ってんだ?」


視線を動かすが窓は開いておらず、ドアも閉じられたままだ。

侵入経路が全く見当たらない。


「どうしたもんか……」


フェンリルは生まれて間もない幼体ではあるが、その口内の歯並びはワイルドの一言に尽きた。

食事も豪快に肉を骨ごとかみ砕いているぐらい咬合力が高いので、下手に起こして寝ぼけて噛みつかれでもしたら流血待ったなしである。


子供の間は大人しいらしいが……


相手は魔物だ。

油断はできない。


なので、あんまり刺激したくなかった。


「やっぱ優しくゆするのが無難か?いや、君子危うきに近寄らずだ」


別に俺は君子でも何でもないが、不要なリスクに手を突っ込む必要はない。

ここは素直に救援を頼むべきだろう。

なにせ俺には頼もしい見方がいるんだからな。


「おーい、ジャガリックー。ポッポゥでもいいぞー」


扉に向かって声をかける。

俺の就寝中は、基本的に大精霊の誰かが扉の前に立っている事になっているからだ。


「緊急事態ですかマスター!」


バンと豪快な音を立てて、勢いよくポッポゥが飛び込んできた。

その手には炎の剣が握られている。

基本部屋に呼ぶ事が無いので、どうやら彼女は緊急事態と勘違いしてしまったようだ。


「曲者め!姿を現せ!」


「ああ、いやそうじゃないんだ。ちょっと頼みごとがあって呼んだだけなんだ」


「む、そうでしたか。これは失礼しました」


俺の言葉にポッポゥが剣を鞘に戻して落ち着くが――


「ぷぎゃ?」


その大きな音にフェンリルが目覚めてしまう。


まあ不機嫌そうな様子はなさそうなので、とりあえず怒りに任せて俺に噛みついてくる事はなさそうではあるが……


「それでマスター、ご用は?」


「ああ、悪いんだけど……俺の腹の上にいるフェンリルを、カッパーの池にポイしてきてくれないか?」


腕の立つポッポゥなら、噛まれる心配はないだろう。


「む……フェンリルをですか?」


「気づいたらなんか部屋にいてさ。まったく、どうやって入ってきたんだか」


「それでしたら、真夜中にカッパーがやってきて主の部屋に入れていきましたが」


「……」


何やってんだあいつは……


そしてポッポゥは何故それを止めない?


「親密度が低いので、一晩共にすればぐーんと上がると言ってましたので……良く分かりませんが許可しました。まずかったでしょうか?」


カッパーめ……


急に腹の上で寝られててもびっくりするだけで、親密度なんて微塵も上がらねぇよ。

少なくとも俺の方は。


あと、ポッポゥも良く分からないなら許可すんな。


「はぁ……次からは俺の許可を取ってからにしてくれ」


まあ出さないけど。

魔物と同衾なんて、危険極まりないからな。


「申し訳ありません、マスター」


「ああいや、責めている訳じゃないんだ。次から気を付けてくれればいいさ。ただ……カッパーにはきつく言っておいてくれ。いや、これはタニヤンに頼むとしよう」


カッパーはタニヤンに説教されるのが苦手っぽいからな。

その方が絶対効くはずである。


「ぷぎゃ!」


「げっ!?」


フェンリルが一鳴きしたかと思うと、腹の上から飛んで俺の肩に着地する。


「ぷぎゃぷぎゃ」


そしてそのまま頭を俺の頬に擦りつけて来た。


これって愛情表現か?

油断させて頬肉をブチリとか行かないだろうな?


大丈夫っぽそうではある。

あるが。

魔物だと思うと、どうしても警戒心が浮いてきてしまう。


まあ基本俺って小心者だからなぁ……


「フェンリルはマスターが大好きな様ですね」


「あー、うん。まあそうなのかもしれないけど……とりあえず池にポイしてきてくれないか?」


油断一瞬、怪我一生。

君子危うきに近寄らずである。


なのでカッパーにリリースだ。

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