第63話 食育
熱いさなか、ボロンゴ村では小麦の収穫が行われた。
そして収穫を終えた村では、収穫祭が行われる。
まあ収穫祭と銘打ってはいるが、要はただの宴会なだけだが……
「この様にめでたい日を迎えられたのも、ひとえに領主様のお陰です!エドワード男爵様に感謝を込めて――乾杯!」
「「「「「乾杯」」」」」
村長が大声で乾杯を告げ、皆が掲げたコップの酒を口にする。
「ふむ、悪くないな」
振舞われたのは、家畜として村で飼育しているチューペットの乳で作った酒である。
乳は癖があってそのまま飲むと微妙な味だが、酒にすると案外悪くなかった。
因みに宴会場所は風呂と併設されている、冷房の効いている休憩室を使っている。
ここは村人全員が収容できる程広く作ってあるので、余裕で全員集合が可能だ。
「御口あった様でなによりです。ささ、どうぞこちらをお召し上がりください」
「ありがとう」
村長から差し出されたのは、チューペットの肉を使った串焼きだ。
収穫祭にあたって、何体か解体したらしい。
「うん、これも悪くない」
チューペットは貧者の食べ物と言われており、臭みが強く味は全く期待できないとされている家畜だ。
が、今食べた物は美味いと言い切れる程のレベルではなかったが、一般的な評価ほど酷くはない。
まあちょっと肉が硬すぎるのが難点か……
「スパイスを上手く生かして下ごしらえしている様ですね」
「はい。領主様にお取り寄せいただいた物を使い。妻達が腕によりをかけて調理させていただいております」
ジャガリックの指摘に、村長がほっこり笑顔で答える。
食ってもいないのに良く分かるなと一瞬思ったが、まあきっと精霊特有の能力か何かだなんろう。
収穫祭という名の宴会は進んでいく。
「なんか暗いな」
皆宴を楽しんでいた。
そんな中、端の方に座ってるカンカンだけは暗い感じで座っている。
……俯いて食べ物には一切手を付けてないっぽいし、落ち込んでますオーラが全身から漂っている様にしか見えないな。
何かあったのか?
「カンカンはどうかしたのか?」
アリンが酌をしに来てくれたので、世話係を頼んでいる彼女に聞いてみた。
「えーっと、実は……」
「なるほど。自分が世話をしてたチューペットが食べられる事にショックを受けてるって訳か」
どうやらカンカンは家畜に入れ込み過ぎた様だ。
なんとなく、子供への食育が頭に浮かぶ。
子供達に豚を育てさせて、最後はみんなで美味しくいただくっていうあれ。
まあ自然の摂理を理解させるためではある訳だが、エグいのなんのって。
「ふん、だからあれほど入れ込むなって行ってやったってのに」
タゴルが串肉を食いちぎりながらそう言う。
一応アドバイス的なのは、彼の方からしてやってた様だ。
「だいたい口にする覚悟がねぇんなら、ここに顔を出すなっての。折角の収穫祭が辛気臭くなる」
「もお。そんないい方しなくてもじゃない、お兄ちゃん。カンカンはカンカンなりに、チューペット達を見送ろうと頑張ってここにいるんだから」
相変わらず北風と太陽の様な兄妹である。
「ふむ」
俺から何か言葉をかけようかとも思ったが、そういった経験を持ち合わせていないのでなんと声をかけていいか浮かんでこない。
……カンカンや皆の中でチューペット達はは生きているとか、そんなありきたりな言葉かけても意味ないだろうしなぁ。
漫画とかだとそういう展開でも行けちゃったりするが、現実だとそんな言葉かけられたぐらいで割り切れる訳もない。
それで割り切れる様な奴は、はじめっからたいして落ち込んでないだけである。
「あ、食べた」
カンカンの方を見ていたら、急に顔を上げて皿の串焼きを手に取って食べ始めた。
それもボロボロと涙を流しながら、口に詰め込むように。
「どうやら覚悟を決めた様ですね。初めて会った時は、正直どうしようもない人物だと思っていましたが……なかなかどうして、性根の座っている方の様です。オルブス商会主夫妻の優れた血を引いているだけはありますな」
カンカンの行動に、ジャガリックが感心する。
やればできる子と言うのは、彼の様な人間の事を言うのだろう。
このまま行けば、オルブス商会の未来は明るそうだ。
「あの……心配なんで、私カンカンの側に行ってきます」
「ああ。彼の事を頼むよ」
「ちっ」
気に入らないが妹の優しい行動に文句を言うのもあれなためか、タゴルが舌打ちする。
やれやれ、このシスコンもカンカンの様に成長して欲しい物だ。
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