第54話 贈り物
「おほん」
「あ、ごめんなさい。あたしったら」
「い、いえ……」
ケイレスに咳払いされ、ペカリーヌ王女が慌てて俺の手を離した。
まあ彼女は兄の婚約者な訳だからな。
事情があったとしても、他の男の手を握って気分がいい訳がない。
「それで……殿下、此度は視察という事ですが……詳しくお伺いしても宜しいでしょうか?」
手紙には視察と書いてあった。
が、何を視察するかまでは書かれていなかったのだ。
彼らはいったい、この辺鄙な領地の何を見たいというのか?
「ふん。視察というのはただの口実だ。ペカリーヌ王女がお前の事を気に病んでいたからな。だから彼女を連れ、お前の顔を見に来たのだ。ああもちろん、ただ顔を見に来ただけではない。この領地の現状は把握しているからな。支援も用意してある。まあ大半はバロネッサ王国——ペカリーヌ王女が用意したものだが」
「なんと……支援をですか?」
「私のせいでこうなってしまったのですから」
ペカリーヌ王女の方を見ると、彼女は申し訳なさげにそう言う。
もちろん俺の境遇がこうなったのは、王女のせいではない。
俺自身がどうしようもなく愚かだっただけである。
いやほんと、頭おかしかったからな。
あの時の俺。
だが王女は、その事に責任を感じていた様だ。
本当に優しい人である。
「何をおっしゃいます。ペカリーヌ王女様に責任などあるはずがございません。あれは完全に私の醜態でございました。どうかお気になさらずに」
「いいえ。あの時私がちゃんとあなたを受け止められていて、怪我さえしていなければ」
「いや、流石にそれは……」
俺は以前の半分ほどの体重になっている。
そんな俺よりなお、ペカリーヌ姫はずっと華奢なのだ。
当時の俺の巨体を、体も鍛えていないであろう王女様が受け止めるなど無理げーもいい所である。
「本当にごめんなさい」
「あ、頭をお上げ下さい王女様!貴方に落ち度などないのですから。なのにこうやって支援を頂けるだけでもこのエドワード、感謝の念でいっぱいですので。ですからどうぞ頭を……」
ペカリーヌ王女が頭を下げてしまったので、俺は慌てて彼女に頭を上げるよう懇願する。
隣国の王女に頭を下げさせたままだと、ケイレスが何を言い出すかわかった物ではない。
「エドワード様……私の事を許していただけるのですか?」
ペカリーヌ王女が頭を上げ、悲しそう顔で俺の顔を覗き込んでくる。
許すもくそも、何も悪い事していない訳だが――
「もちろんです!王女様に落ち度は決してありませんでしたが、仮にあったとしてもです。このエドワード・スパム王女様をお許しする事を誓いましょう」
――このまま続くと面倒くさいので、許す体で済ませておく。
ケイレスの奴もあからさまに不快そうに睨んでいるので、続けても絶対いい事にはならないからな。
「ありがとうございます。エドワード様」
ペカリーヌ王女の表情が笑顔になる。
「それは此方の言葉で御座います。ペカリーヌ王女様」
とりあえず、これでこの話は終いだ。
「ふむ、わだかまりが解けた様で何よりだ。悪いが、私達はこの後も用事があるのでこの場には長い出来ん」
どうやらここに来たのはおまけで、本命の用事は他にある様だ。
「ごめんなさいね。本当はもっとあなたとお話ししていたいのだけど」
「お気になさらずに」
正直、長居されても持て成すのがめんどくさいだけだ。
ああ、ペカリーヌ王女の事じゃないぞ。
ケイレスの方だ。
長時間一緒に行動して気を使うとか、絶対に疲れるだけだしな。
「目録を」
「はい。此方を――」
二人の背後にいた執事姿の男にケイレスが声をかけると、その執事が俺の横のジャガリックに目録を渡す。
支援物資の一覧だろう。
「確認させていただきます」
その封をジャガリックが開け――別に封印はされていなかった――俺がそれを受け取る。
直接手渡ししないのは、貴人は基本的に直接受け取りをしないのが礼儀なためだ。
もちろん、貴族同士の直接の手渡しなら話は変わって来るが。
「——これはっ!?」
ケイレス一行は馬車五台に、護衛の騎馬が30騎程の集団でやってきている。
大所帯でもないので、支援と言っても少量程度の物資と資金程度と考えていたのだが、目録に目を通して俺は目を丸める。
「空間拡張された馬車など、本当に頂いて宜しいのですか?ペカリーヌ王女様」
ケイレスの方からのは、金銭だけだった――それでも、オルブス商会から最初に巻き上げた金の倍ぐらいはあるが。
驚いたのは空間拡張の処理を施された馬車――マジックアイテム――一覧に入っていた事だ。
空間干渉計のマジックアイテムは驚くほど希少で、大貴族でも所有するのが難しいと言われている。
それをポンと、俺にプレゼントしてくれるとは……
「それに他にも、これほどの物を」
それ以外にも、高価なマジックアイテムがずらりと一覧に並んでいた。
馬車抜きで考えても、これは過剰なほどの贈り物である。
「私のせいでエドワード様は王家の身分を失ってしまったのです。この程度では足りないぐらいでから、どうぞ遠慮せずお受け取りください」
むう……
この馬鹿みたいなレベルの贈り物からも分かる通り、彼女はガチで俺の追放が自分のせいだと考えている様だ。
もちろん貰える分にはありがたいのだが、なんかこう……当たり屋的にだまし取ってる感がして罪悪感を抱かずにはいられない。
「素直に受け取るがいい。ここまで運んできた物を渡せず持ち帰るなど、王女を侮辱するも同然だぞ」
まあ確かに、隣国からわざわざ持って来てくれたものを突っぱねるのは失礼極まりない。
なのでここは素直に受け取らせて貰おう。
有難いのも事実だしな。
「分かりました。王女様からの贈り物……このエドワード・スパム、純粋な感謝の気持で受け取らせて頂きます」
にしても……ペカリーヌ王女には大きな借りが出来てしまったな。
いずれどこかで返せるといいんだが……
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