第40話 更生

ジャガリックが客室で持て成しているとタニヤンから聞き、俺は客室へと向かう。

そこにいたのは、品のいい感じの美しい黒髪の女性だった。


「お初にお目にかかります、スパム男爵様。私はブンブン・オルブスの妻、マミー・オルブスと申します」


マミー・オルブス。

ブンブンの妻で、カンカンの母親。

彼女は座っていた椅子から立ち上がり、こちらに深々と頭を下げる。


「エドワード・スパムだ。オルブス夫人は、今日はどういったご用件で?」


俺は彼女の目的を尋ねた。

雑貨店の件はカンカンの減刑条件ではないので、それをわざわざ俺に報告する必要はない。

にもかかわらず夫人がやってきたという事は、それ以外の目的があっての筈である。


「はい。まずは……ご配慮頂いた雑貨店の展開を中断する旨をお伝えに参りました」


「それは別に構わない。此方が強制出来るようなな事でもないからな。まあ残念ではあるが。しかしいいのですか?こういっては何ですが……甘やかされて育った御子息にとっては、労役の5年は厳しい日々になる可能性が高いですが?」


厳しめの環境で普通に働くだけ。

ただそれだけの事ではあるが、散々甘やかされて育ってきたカンカンからすれば地獄の様に感じられる事だろう。


「それは……覚悟の上でございます」


俺の言葉に、夫人が真っすぐ目を見つめ返し答えた。

彼女の言葉や視線からは、ごみの様な息子を切り捨てたという様子はくみ取れない。

寧ろ言葉通り、覚悟を持って息子を千尋の谷に突き落とす獅子の様な雰囲気を俺は感じる。


「お恥ずかしい話では御座いますが、私と主人はあの子を可愛がり過ぎて……非常に甘やかす形で育ててきてしまいました」


……でしょうね。


教育を受けられず何もわからない立場の人間ならともかく、むしろ教育を積極的に受けられる立場の人間なのに、貴族に対して暴言を吐くとか、もはや甘やかすってレベルを完全に限界突破してる。


「おそらく、今のままあの子が商会を継げば、その規模を大きく減じる事となるでしょう。いえ、下手をすれば潰してしまうかもしれません」


子供を甘やかしまくったバカ親の割に、その辺りはきっちりと判断出来るんだな。

まあ今回、貴族に暴言を吐いた事で強く意識したって可能性も高いが。


どちらにせよ、親として合格点を与えられる人間でないのは確かだ。

マミーは礼儀正しく理知的な人間に見えるが、子育ての大失敗という観点から、正直、俺の彼女への評価はかなり低い物となっている。


「商会は夫の物ではあります。ですが、だからと言ってそこに働く人々の生活を無下にする様な訳にはいきません。ですので、今のままでは息子に跡を継がせる訳にはいきません。それで……」


マミーが苦しげな表情で続きを口ごもる。


何か理由があってきたのだとばかり思っていたのだが、商会に関わる人間の生活を守るため、断腸の思いで息子を切り捨てる宣言をしに来ただけなのだろうか?

だとしたら拍子抜けなのだが……


「なんと言いましょうか……本来ならばあの子の教育は、親である私達がしっかりするべき事です。ですが、可愛い息子に心を鬼にして……というのはとても出来そうになかったのです」


「そうですか」


本当に可愛いなら叱るべき何だろうが、可愛すぎてそれが出来ず甘やかしてしまう。

子供をペット感覚で育ててしまうダメ親の典型の様な行動である。


「最初、男爵様に無礼を働いたと聞いたとき、お恥ずかしながら私はショックのあまり気を失ってしまいました。ですが主人が戻ってきて、5年の労役を受けると聞いた時……あの、これからする失礼な発言をお許しください」


マミー夫人が先に謝って来る。

何を言うつもりだろうか?


「かまわない。続けてくれ」


豚野郎フォカパッチョみたいな悪口が飛んでこない限り、気にはしない。

流石に、何の脈絡もなしにこの流れで俺への悪口は飛んでこんだろう。


「男爵様から受ける労役を……その、千載一遇と申しましょうか……息子を更生させるチャンスと私は考えたのです」


なるほど、確かに失礼な発言ではあるな。

無礼に対する罰を与えているのに、それをチャンスとか言い出してる訳だからな。


しかし、なるほどね……


「突き放して労役を受けさせる事で、歪んだ性格を矯正させるという腹積もりな訳か……」


要は、スパム男爵家を更生施設。

もしくは託児所として利用したいという訳だ。

ふざけた話である。


「お言葉を挟ませて頂いて宜しいでしょうか?」


それまで黙っていたジャガリックが、俺に発言する権利を求めてきた。


「ああ、構わない」


「では失礼いたします」


ジャガリックが一礼してから、マミーに向かって口を開く。


「夫人もご承知とは思われますが、男爵家は教育機関では御座いません。そして御子息は罪人として労役に就く事になっております。その点は宜しいですかな?」


「ええ、それはもちろん理解しております」


「当然ですが労役である以上、その労働は通常より厳しい物となります。虚弱な上に我儘な御子息がサポートなしで労務を行えば、当然、病気や怪我を負う可能性も高くなるかと」


普通に生活してても、怪我や病気は付き物である。

ましてや、仕事に慣れてない甘やかされ続けた奴が強制労働させられるのだ。

怪我や病気と無縁な訳がない。


まあ、こまで厳しい仕事をさせる気はないが、今のあいつだったら簡単な軽作業でも熱を出して寝込みかねないレベルだからな。


「厳しい環境が、あの子を成長させてくれると私は信じております」


「親心ですな。しかし……先ほども申しましたが、男爵家は教育機関では御座いません。ですでので、労役についている者に万全のケアなど施す様な事はないでしょう。軽い病気や怪我ならそれでも問題ないでしょうが、重症や重病を患った場合……最悪、御子息が命を落とすことになりますが宜しいか?」


日本だと、刑務所内の犯罪者が病気や怪我をしたら、きっちりと治療を受けさせて貰える。

だがこの世界はそんなに甘くはない。

罪人が拘留中に病気を患って、まともな治療も受けられず死んでいくなどよくある話である。


なのでジャガリックの発言は脅しであると同時に、正当な情報の伝達でもあった。


「もちろんそれも理解しております。そして、そのために私が直接こうやってお伺いした次第でございます」


「それは……それ相応の対価を用意する、という事でしょうかな?」


「もちろんです。きっとご満足頂けると確信しております」


ジャガリックの問いに、マミー夫人が笑顔でそう答えた。

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