第41話 親馬鹿
私の名はマミー・エステ。
しがない商家の子ではあったが、見目が良く、幼い頃から神童と称えらるほど賢かった私には、15になる頃には多くの縁談話が舞い込んできていた。
中には貴族からの誘いすらもあった程だ。
だがそのどれにも、私は首を縦に振る事はなかった。
愛する人がいたから?
いいえ。
商人の娘として教育された私にとって、愛なんてものは取るに足らないくだらないものだった。
なのでそんな物に拘ったりはしない。
――私にとって重要なのは利益。
そう、いかに大きな利益を得るか。
それが全て。
つまり、持ち掛けられた縁談はどれも、私の人生の天秤を傾けるに値しないものだったという訳である。
利益なら、貴族の夫人になれば十分得られるたのでは?
確かに、正妻ならそうね。
けど、私に持ち掛けられた縁談は妾としての物だった。
同じ貴族の配偶者であっても、正妻と妾ではあからさまに境遇が違ってくる。
もちろんそれでも、一般的な市民とは比べ物にならない程贅沢な生活が出来るだろう。
なので、普通の人間にとってそれは大きな利となる。
だが私は違う。
私ほどの能力があれば、その程度の生活水準を満たす事は難しくない。
自力で達成可能な物のために自由を失い、更に正妻の顔色を窺う様な生活を強いられる。
誰がそんな選択を選ぶというのか?
縁談をすべて断った私は、父の商家を大きくするべく働いた。
弟がいるので私が家を継ぐ事はないが、そこで得られる知識や人脈は、後々独立する際に必ず役に立つから。
そんな私の人生に転機が訪れたのは、16歳の時である。
ある会合の席で、オルブス商会の若き商主、ブンブン・オルブスと出会ったのだ。
最初は特に気に留めなかった相手だったが、何度か仕事などで顔を合わす事で彼の人となりを知った私は、自分からアプローチして彼と結ばれる。
別にそこに愛情があった訳ではない。
私がブンブンを選んだのは、商人として優秀だった点だ。
特に、他者の意見に真摯に耳を傾け、必要ならばそれらを取り入れる事の出来る
柔軟性が大きかった。
そんなブンブンの気質から、結婚しても妻を自分の所有物ではなく、対等なパートナーとして扱っててくれるという確信があったからこそ、私は彼と結婚したのだ。
そうして結婚した私は、ブンブンと共にやがてオルブス商会を領内一の商会へと成長させる。
商会はまだまだ上り調子。
まさに我が世の春といった所である。
だが、問題が何もなかった訳ではない。
それは、私とブンブンとの間に生まれた一粒種。
カンカンだ。
私は今までの人生、全て合理的な判断の元生きてきた。
そこに愛情だなんだと、挟むことなく。
そんな私の感情をかき乱し、狂わせたのが一人息子のカンカンであった。
それまで愛という感情を軽視してた私だが、息子という存在が私を変えてしまう
息子の喜びは私の喜び。
あの子が泣けば、私の胸が張り裂けんばかりになる。
私は心からあの子を愛し。
そして常に笑顔でいられるよう、全て与えてきた。
それは親として、間違いなく問題行動と言えるだろう。
時には厳しく躾ける事こそ、本来あるべき姿なのだから。
だがそれが分かっていながらも、子の悲しむ顔など見たくなかった私はひたすら息子を甘やかした。
そしてどうやら夫も私と同じ気持ちだったらしく、夫婦そろってカンカンを甘やかし切った結果――
カンカンは、どうしようもないドラ息子へ成長してしまう。
自分勝手で我儘放題。
少しでも気に入らなければ癇癪を起こす息子。
今は私達夫婦がいるからさほど問題にはなっていなかったが、将来息子がオルブス商会を継ぐ事になれば、商会は潰れかねない。
何とかしなければ。
そう考えつつも、心を鬼にできず。
ずるずると先延ばしする形で日々を過ごす私に、とんでもない知らせが舞い込んだ。
「む……息子が男爵を侮辱して拘束されたですって!!」
貴族に対する侮辱は重罪だ。
場合によっては死刑すらあり得る程に。
「ああ、なんて事……」
私達がいるのはボルモク子爵領だ。
子爵家の方々にはそれ相応の貢物を送っているため、息子が少しばかり粗相をしても流して貰えるはずだった。
それに他の貴族の方が訪れるのなら、私達にも何らかの通達が貰える取り計らいを頂ける事になっていたので――ビジネスチャンスとなる可能性があったため――息子が他の貴族相手に無礼を働くなど一切想定していなかった。
無礼を働くと分かっていたので、近付ける気がなかったから。
だが新興の男爵家はボルモク子爵家との繋がりが一切なかったため、入領の際に一切の挨拶を行わなかったのだ――領地間の移動は封鎖されていない限り、基本的に出入りは自由。
そして不幸な事に、偶然息子はその男爵と街中で出会ってしまい――
そして侮辱してしまう。
報告を聞く限り、男爵は相当お怒りの様だ。
カンカンを捕縛後、その場で傷つけた事からもそれが分かる。
――死刑。
「カンカンが……カンカンが……」
現実的な息子の死に、私は血の気を失いその場で倒れてしまう。
「はっ!カンカンは!?」
目覚めた時には、既に夫が男爵家との交渉を終えた後だった。
なんとか死刑は免れた様だが、5年間の労役がカンカンには課せられる事となる。
「そんな場所で労役なんて……」
スパム男爵領は、元王家直轄領でとても環境の良い場所とは言えない様な所だ。
唯一の村に店を出せば息子のサポートが出来るそうだが、あの子がそんな環境に堪えられるはずもない。
資産なら唸るほどある。
なぜそれをすべて吐き出してでも、もっと良い条件にできなかったと夫に詰め寄ると――
「あの子にはつらい日々になるだろう。だが……私は男爵様の元での労役はチャンスだと考えたのだ。このままではあの子はダメになってしまう。それは君も分かっているだろう?」
「……」
夫の言葉に、私は言葉を失う。
「私だって、カンカンを傍に置いておきたい。だが、これも全てあの子と商会のためなのだ。分かってくれ」
息子と離れ離れになる。
しかも厳しい環境に放り込む事は、夫にとっても胸を引き裂かれる思いだろう。
だがそれでも、それでも息子や商会の未来のために、彼はそれを選択したのだ。
ならば私も――
「そうですね。あなたの言うとおりだわ。そして……やるなら徹底的にやるべきだわ」
――より良き未来のために心を殺し、覚悟を決める。
「店の出店は減刑の条件ではないのよね?だったら、取りやめましょう」
世話人という逃げ場を用意したのでは、息子の矯正は中途半端な物になってしまう。
やるなら徹底的にやらないと、5年という歳月を無駄に垂れ流すだけになってしまいかねない。
「いや、しかしお前……それでは……」
夫が口ごもる。
そんな真似をすれば、最悪カンカンの命にかかわりかねない。
労役に就いたものが病気や怪我をしたからと言って、手厚い看護を受けられるわけではないのだから当然だ。
「もちろん手は打つわ。ただし、あの子には分からない様な形でね」
村に店を出せば、あの子の甘えに繋がる。
なので村に店を出すのではなく、別の利を示す事で男爵家にしっかりと息子を管理して貰うのだ。
私はさっそく、新興のスパム男爵家について調べた。
そしてとんでもない事実を知る事となる。
それはエドワード・スパム男爵が、驚くべき事に、王家の尊い血を引く存在であるという事実だ。
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