第74話

自分から見た山が小さいとおもうことはまだ客観視できてない証拠らしいのじゃ



 その日の夕刻深く、星の瞬きが目立つ頃合いにアルマン卿と護衛のシャルロッテ、そして戦闘メイドが戻ってきた。


 アルマン卿のいつもの近侍ともに一人の若い男がついて来た。彼は侍従を表す黒い執事服を着て、冷たい表情で辺りを見回した。


 「ここがロートバルト領ですか? 栄えているとはお聞きいたしましたが、まあ、辺境なりに賑わっていらっしゃいますね。」


 「お前は黙っとれ。ここは見た目とは違うぞ。

 ん…ブリュンヒルデ嬢、出迎えすまぬな。また厄介になるぞ。

 中央での動きも仕入れてきた。

 で、戦はどうなったのじゃ。

 見ると、まあ、勝ったのは間違いないだろうが、どうだった。」

 

 「お勤めご苦労様でした。すぐにこちらへと戻られてお疲れでしょう。

 まずは旅の埃を落としてゆっくりされるとよろしいかと思いますわ。 」


 「ああ、お言葉、甘えようか。行くぞ。」


 カツカツと長靴の踵を石畳に響かせて、エミリア女男爵の館へと入るアルマン卿の後を慌てて新しい侍従が追いかけ、いつもの侍従がゆったりと周りに挨拶をしながら、館に入った。





 南方の香辛料が多いエキゾチックな夕食をしっかりと摂ったアルマン卿はエミリアの執務室のいつもの大きな安楽椅子に腰を下ろし、葡萄の蒸留酒の香りを楽しんでいた。


 年配の侍従と若い侍従はアルマン卿の座る椅子の両脇に控えていた。


 エミリアはいつもの執務室の大きな机の向こうの椅子に座り、ブリュンヒルデとシャルロッテ、ロリはメイドの用意した革張りの黒いソファに腰を下ろし、ロリは冷たいリンゴの発泡ジュース、ブリュンヒルデとシャルロッテは同じリンゴでもアルコールの入ったシードルを飲んでいた。


 「のう、ユズよ。久しぶりのお主の持つ黒糖のお菓子が食べたいのじゃが、まだあるかのう? 」


 「ロリちゃん、もうないよ。市場で探したいんだけど暇がなくって。」


 「残念じゃのう。ミルシェに頼んでみるかのう?」


 「あの子って服屋さんじゃん。ああ、お父さんに探してもらうの? 」


 「使えるのはなんでも使うのじゃ。」


 「そろそろ話をはじめてもいいか?」


 焦れたように若い侍従見習いが全員に声を掛けた。


 悪びれた様子もなく、ロリはリンゴジュースで口を湿らせて口を開いた。


 「ああ、すまんのじゃ。で、どうじゃったのじゃ?

 こっちは一万人ほど攻めて来たのじゃが、撃退したのじゃ。

 政治的、人道的な理由で、ロメオ卿と百人兵長を近侍の代わりとして捕虜を取った。


 こやつの近侍の貴族たちはすでに女夢魔に取り込まれた挙げくにロメオ卿の指示を仰がずに勝手に攻め込み、返り討ちにあい、尊厳破壊されたんでな、あとは帰したのじゃ。」


 ロリの報告を聞き、アルマン卿は頷いたが、後ろに控えていた若い侍従見習いの男が信じられないと口を出した。


 「失礼ですが、それが信じられません。


 辺境の交易と平原のモンスターの狩りで裕福な男爵家とは聞いておりますが、戦力的には普通の男爵家に劣るとの情報もありました。それが公爵家の軍勢を退けたなど、聞いたことがありません。


 しかも捕虜を取らないなど証拠がありません。


 これをどう言い繕うつもりですか?」


 「うるさいのう。エミリア、説明してやるのじゃ。」


 わずわらしそうに手をふり、ロートバルト領の領主たるエミリア女男爵に話を振る高貴な見た目の童女を胡散臭げに見つめる若い近侍の男に構うことなく、エミリアは話しはじめた。


 「はい。我が男爵領は父が死亡後、マムルク奴隷騎士団を雇い入れて、領内の保安を依頼していたのですが、撤彼らの事情によりこの地を撤退しましたので、『フェリ・フルール・ドゥ・リス』を雇いました。


 彼女らが今回、ロメオ卿率いるシュトロホーフェン公爵軍と交戦、ロメオ卿の近侍を含む貴族子弟の私兵軍がロメオ卿の命令を無視、ロメオ卿を罵倒し、アントネット元公爵令嬢を礼賛する言葉を口々にあげて、男爵領に攻撃を加えましたが、全滅しました。


 ロメオ卿が事態の拗れを感じて、一旦休戦して事態を把握しようとした矢先に、補給部隊にいたロメオ卿の副官と稚児の姿をした魔法使いと思われる伝令二人が公爵正規軍を動かし、再度交戦しましたが公爵軍が敗北。副官と二人の伝令係が逃走し、ロメオ卿は改めて公爵軍の敗北を認めました。


 男爵家では一万人近くもの捕虜を取る余裕はありませんので、彼らの武装解除を行い、公爵領へと戻ることを許しました。


 ロメオ卿と百人兵長は責任を取り、捕虜となりました。」


 「が!! ……それはエミリア卿の意見であり、シュトロホーフェン公爵家では…… 」


 「ロメオ卿も認めています。なんなら、彼を呼びますがいかがでしょうか?」


 「…… 」


 苦虫を潰したような渋い表情の若い男のアルマン卿の侍従はため息をついた。


 「信じられません。まずは女だけの傭兵団が都合よくロートバルト女男爵領を訪れて、契約を結び、持つ武器がすべて謎の魔道具で、それらがいくつも種類があって、さらに巨大な謎の鉄の獅子があって、一万人もの戦争慣れした公爵軍に対して見たこともないような戦術で圧倒し、敗北させたなど、誰が信じますか?


 まったく、あり得ません。」


 「では、どう判断するのだ?」


 アルマン卿は自分の侍従見習いの男がはじめた論争をおもしろそうな表情で止めることなく話を続けさせた。


 「ロメオ卿がエミリア・アレクサンドラ・リュニリョール・フォン・ロートバルト女男爵、失礼ながら、エミリア卿の本来のお名前をこの報告書で知りましたが、帝国よりも北方の高位種族連に連なるお名前を持つお方だった。


 ならば、シュトロホーフェン公爵としてもそことのつながりが出来れば有益であると判断できましょう。

 とするなら、ロメオ卿をロートバルト家に輿入れするための大芝居だと考えた方が納得いくかと。


 このままではロートバルトは王領か、南方の諸王国に占領されるか、公爵家に併合されてしまうかです。


 ですが、公爵軍との交戦に勝ち、戦力を示した上で、男爵領として独立を維持した上で、敗北したロメオ卿に絆されてエミリア卿が婚姻を結べば、公爵家としてもそれなりに有能ですが武辺を優先し、領地の経営を苦手としていた次男を領地経営の得意なロートバルト卿と補完させることで、より強化できます。


 そして何より独立した貴族でありながらも、シュトロホーフェン公爵の影響力を南西方向へと広げることができます。」


 「つまり、出来レースということか? 」


 アルマン卿はニヤニヤと悪い笑みを浮かべて尋ねた。


 「出来レース? 」


 エミリアが小首を傾げ、ロリはフンっと鼻から不満の息を漏らした。


 「やらせということじゃい。 」


 「まあ、それが現実的ではありませんか?」


 「おじじ、どう思うのじゃ? 」


 「そう思わせておくほうがロートバルト家にとってはいいのかも知れませんのう。」


 「じゃが、事実を知っているものも多い。お主が警戒しておるあれもそろそろ事実を知る頃じゃろう。あの悪女はどう出るかのう? 」


 アルマン卿はロリの隣に座っているブリュンヒルデに尋ねた。


 「これ以上、手を突っ込めば実家ですら危ういと知っているかと。」


 「あ〜もう、すべては推測じゃ。妾は確実な情報が知りたいのじゃ!! 

 もう公爵家を殲滅してよいかのう!!! 」


 「姫さま、短慮は損気でございますわよ。」


 「わかっておるのじゃ!! ほんに人相手はこれほどまでにめんどくさいものなんじゃの!! 」


 ロリが悲鳴のように金切り声を上げると、ブリュンヒルデは彼女を抱きしめてロリの背をポンポンと叩いた。


 「言いたいことはわかりますが、今はそれをいう場ではないですわ。」


 「ああ、悪かったのじゃ。


 シュトロホーフェン公爵には正式に先々代の男爵とロートバルト騎士団の名誉回復、それに先代男爵への見舞い、当代女男爵とロートバルト領への侵攻に対する賠償金の支払い、ああ、あと王家を裁定人としてロートバルト家を訴えておったな。それも破棄じゃ。シュトロホーフェン家の誤認として訴訟を取り下げさせるのじゃ。


 それでも文句をいうようじゃったら、攻めて来いと。


 よいか。


 ロートバルト家の爵位はたかだか男爵だが、伊達に迷宮化した平原で化け物相手に領地を切り取ると同時に南方民族と刃で対峙した訳ではないぞ。そこらへんの腑抜けた貴族と思うてかかったら喉元を食いちぎるぞと言ってやるのじゃ!! 」


 「了解いたしました。」

 

 アルマン卿の年配の侍従が深々とお辞儀をした。


 年若い方の侍従見習いは年配の侍従がまるで王家に対するように礼をする驚いたように彼に顔を向けたが、年配の侍従は真面目な表情で一切のおふざけはなかった。


 「で、この王国の宮廷ではどのように話が進んだのじゃ。」


 「何も。」


 「オンジ!! 」


 「おんじとはなつかしいな。エミリアがまだ4、5歳の頃にわしの名が呼びにくくて言っていたのう。」


 「おんじ、のんびりしている暇はないじゃ。」


 「わかっている。


 王宮は今回、公爵家が王家の裁定を待たずに行動を起こしたことに対して不信感を持っておる。


 何かまずいことがあるのではないかとな。


 だがそれ以上にロートバルト女男爵家が公爵家を相手取り、優位な戦いを行い続けることに対して疑問を持っておる。


 『蝕』による小鬼の戦いもそうだが、辺境の化け物どもを恐ろしい勢いで叩きのめしたのちに大貴族である公爵家を相手取るなど、一男爵家では不可能だ。


 その秘密を知るために王国としても調査をしなくてはならない。」


 「そして取り上げる? もしくは丸ごと併呑する気じゃな。」


 年若い侍従は皮肉な笑みを浮かべて肩をすくめた。


 「本当にそれだけの価値があるとすればですけどね。」


 「賢そうなふりをしても常識にとらわれた若造のいいそうなセリフじゃのう。」


 「ぐっ…… 貴女はわかって言っているのか!?」


 「妾はお前がお主がアルマン卿の従者見習いと言ったところしかわからんのじゃ。


 違うかの? 」


 ぐぬぬと歯を食いしばる若い男の肩を軽く叩いた老齢の従者は後ろに下がることを勧めた。


 「で、どうするつもりだ。王国に逆らうのは勧められんぞ。」


 「やはり独立国家を作るべきかのう?」


 「カロリーヌ殿下!?」


 「まあ、嘘じゃが、手詰まりなのは確かじゃ。」


 腕組みをしてため息をついたロリはブリュンヒルデに右目を閉じて、見上げた。


 「まずはこの従者見習いを捕まえて、逆さ吊りにして、王国に詮索無用と伝えましょう。」


 「お前は何を言ってるんだぁ!!?? わたしはおう……っ、ゴホンゴホン、わたしなんかを吊るしたところで王国など動くわけなからろうが!! 」


 「さて、どうでしたかしら。お前の目の色と髪、そしてその顔はどこかで見かけた覚えがありますわね。数年前に公式訪問の際……」


 「ど、どうだったかな? 」


 ブリュンヒルデたちのことを卑属な傭兵として威圧するように大声をあげたが、彼女らの戦いに身をやつしたそこらの女傭兵ではないこと、そして彼女の言葉に全く関連の無い王宮の華やかな夜会の記憶が泡のように浮かび上がり、慌てて顔をそむけて言葉を濁した。

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