第73話

みんなに取り囲まれておめでとうと言われるのはちょっと怖いのじゃ




 「えっ? ジェリー!! わたしを捨てるんですか!? 」


 アニカの悲痛な叫びがロートバルト市冒険者ギルドのホールに響いた。


 「おい!! デケェ声で人聞きの悪いことを言うな!!!!


 冒険者ギルドの職員が貴族同士の紛争で片方の指揮を取ったとはどういうことだと本部から問い合わせがあった。

 たくさんの冒険者や商人たちが見ていた中で、もう取り繕いは出来ねぇんだよ。

 悪いけど、アニカ、ギルドを辞めてくれ。

 その代わりにロリちゃんにはアニカを頼むって言ってあるし、快く応じてくれたんだ。

 だから頼むよ。」


 「ですけど、『フェリ・ドゥ・フルール・リス』は居心地が悪いんですよ!!

 わたしにはジェリーがいるから、みんな視線が刺々しいんですよ!! 」


 「んなことないだろ? えっ、それ、まじで言ってんの?」


 軽く言ったジェラルドの言葉に夜叉の表情で返したアニカが叫んだ。


 「まじも何も、うっかりしたことを言うと、夫がいるから優位に立っているの?って感じで見られてしまうんですよ!!

 あと、わたしには侍女やメイドは実家に置いてきましたので、誰もいませんし、そこもよわいんです!! 」


 「あ〜、用意する。俺が用意する。だから頼むよ。」


 「あと、あのカントリーハウスには部屋がありません。ギルドを辞めるって言うことは今住んでいる独身寮を追い出されてしまうってことなんですよ!!」


 「あ〜 そうか、それは考えてなかった。どうする? 街に部屋を持つか? 」


 「それこそ悲惨じゃないですか!!

 ジェリーがいるのに、どうしてわたし一人で独身者向けの部屋を借りて住まなくてはいけないんですか!! 」

 

 「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ? 」


 「ジェリーさの部屋に住まわせばいいじゃ。キルド長の宿舎は妻帯者用になってるじゃ。」


 「お、おう、コッペリアか? 窓口を離れてどうした。」


 「あんなに大声で痴話喧嘩さすれば、仕事の邪魔じゃ。ジェリーさもギルド長なら、もう少し配慮を覚えんじゃ。」


 「あっ、すまねぇな。」


 「で、どうすんじゃ?」


 「ああ、アニカ、俺んとこ来い。」


 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」

 「おめでとう!!」



 「ちくしょう!! この幸せ者め!! おめでとう!!」


 「後で、女冒険者全員に奢るんだからね!! 副ギルド長! おめでとう!!」


 気がつくとジェラルドとアニカを取り巻くように冒険者たちが拍手していた。

 アニカは両手で顔を伏せて嬉し涙をこぼし、コッペリアが彼女の肩を抱いていた。

 ジェラルドはいまだに状況が掴めない様子で、あたふたと辺りを見回していた。


 



 メイドからの報告にロリは目を閉じて天を仰いだ。


 「あ〜 やっと、片がついた。」


 「お疲れ様でした。わたしもジェラルドどのとアニカさまの恋路の行方については心を砕いていましたので、やっと結ばれたと安心しましたわ。」


 「まあそうなんじゃがな。…… 」


 「どう致しましたか? 」

 「なんだ? 何かあるのか? 」


 「エミリアが貴族の言葉を話すのは良いことじゃ。じゃが!! ロメオとやら!! なんでお主がそこにおるんじゃ!! 」


 「牢屋にいてもすることないしな。」


 「書類の作成や添削、あと領地の献策など、とても助かります。」


 「総合的な判断により、エミリアお嬢様にとっても有益と判断しました。」


 最後の執事長の意見に同意するようにメイドたちもお辞儀をすると、ロリは諦めた。


 「おぬしら奉仕種族がそう言うのなら、安全なんじゃろ。で、今回の紛争に関してはどうなっておるのじゃ?」


 「公爵軍が敗北したことは軍勢が公爵領へと帰ることで周囲に広まりました。公爵家は王家の裁定を待たずに行動し、負けたことでその権威が失墜しました。

 そのために公爵家がした負債の取り立てが早まったとの情報もあります。

 あとは王家と宮廷の評価ですが、本日中におんじ…失礼しました。アルマン卿が訪問されるとおっしゃられて、いま街道上でこちらに向かっていますので、お待ちになられるとよろしいかと。」


 「わかったのじゃ。」


 「なあ。」


 立ち去ろうとしたロリをロメオ卿が引き止めた。


 「なんじゃ?」


 「俺ははじめ、あの赤毛で巻き髪の女が指揮官だと思っていた。だが、今回の指揮は赤毛で夫持ちの女だった。

 だが、ここではお前が一番偉そうだ。

 結局のところ、誰が一番偉いんだ? 」


 「偉いに価値があるんじゃろかのう? まあ、妾が一番なのは間違いないじゃがな。で、それをそれを知ってどうする? 」


 「エミリアを指導しているのは誰かと知りたいんだ。そしてあの化け物たちの棟梁もな。」


 「まあ、それは妾じゃろうな。」


 「で、お前は何もんだ? 」


 「確かに公子と言う身分ならお前もえらいんじゃろな。じゃがな。世界最大の迷宮構造とも言われるような辺境のロートバルトには常識で測れないものがいると思った方が良いのじゃ。」


 「ああ、心するよ。で、お前は何もんだ。答えるつもりはないのか。」


 「さあなのじゃ。妾はこのロートバルドで迷子になっておった少女じゃ。その際に全ての記憶を失っておったのじゃ。

 妾もようわからんのじゃ。」


 「だが、お前の配下はお前が誰かを知っている。」


 「それが誰かの面影かも知れんじゃろ?」


 「言うことは出来ねぇってことか。まあ、いい。ここは面白えな。」


 「それは良かったのじゃ。」





 百人兵長はメイドの監視のもと、『フェリ・ドゥ・フルール・リス』の訓練を見ることができた。


 一糸乱れぬ銃騎士隊の令嬢と淑女たちは人馬一体で隊列を乱すことなく蛇行、直進、急転ののちに的に向かい縦列進軍のまま発砲を行った。


 「まったく、あんな魔道具を揃えるなんて卑怯にも程があるぜ。あれだけでも戦場を変えられれる。それに鉄の化け物にあの魔道具よりも強力な据付の武器がある。」


 「そうですわね。あなたならどう戦われますか? 」


 「ああ、そうですなぁ。逃げるのが頭いいやり方ですなぁ。」


 「そうですわね。もっと頭がいいのはお互いに争わないことですわね。」


 「なるほど、そうに違いねぇですな。」


 「姫さま曰く、百戦百勝する将軍よりも一勝もせず、戦いをおさめる将軍の方が有能だと言う話ですわ。」


 「含蓄が深すぎて俺には理解できねぇ範囲だな。」

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