第72話

おバカ純情




 百人兵長が走り回り、安堵した空気を醸し出す歩兵隊が後方へと行進をはじめた。

 不満顔の伝令の騎士がヘルムを外し、前髪に汗を滴らせたまま馬に跨り、ブリュンヒルデ、エミリアたちの前に出た。

 彼はロメオ卿の顔を見つけるや否や、冷や汗を飛び散らせて、馬から飛び降り、敬礼した。


 「どうした? 」


 「はっ! 補給部隊にいた副官殿は第二波の攻撃を指示しましたが、城壁からの攻撃により肉薄できず、伝令を二名伴い、閣下の命令通り、公爵領に援軍を求めに行きました!! 」


 「なんだぁ? 俺はそんな命令出した覚えないぞ。」


 「へっ? 」


 「逃げましたわね。」


 「ああ、伝令はどんなやつだ。」


 「とても小柄で、そう、まるで子供のようだったそうです。」


 ロリの姿をみつけた伝令の兵士は彼女を見ながら答えた。


 「稚児趣味でもあるのかのう?」


 「いやぁ……普通に嫁がいたはずだぞ。そもそも戦争に来るのに稚児を連れてくる奴がいるか。」


 「この前の貴族の使者は2人ほど稚児を連れてきていたぞ。」


 「あれは……多趣味らしいからな。あれを貴族の標準にするな。 ……なんだ百人兵長?」


 「使者についていた子供は見た目通りの年齢ではなく、魔法使いでした。あれらは噂になっていたロートバルトの鉄の化け物を知りたがっていましたので、もしかすると、今回もついてきたのでは?」


「おい、公爵家の誰だか知らんが、ロートバルトの秘密を知るために公子の俺を囮に使ったようだな。」


 百人兵長の言葉に怒気を含ませた声色で伝令の騎士に振り返ったロメオ卿に騎士は膝をついて頭を下げた。


 「そ、そんなことは……」

 

 「事実そうだろ。でもいいのか? 秘密を晒してしまって。」


 「これで『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の秘密を知れたと思ったら、大間違いですわよ。」



 「エラい自信だな。まあいい、こんなのに勝てるわけないだろう。負けだ負けだ。」


 「わかりましたですわ。では武装はそのままでよろしいですから、早々に立ち去っていただけませんか? 」


 「はぁ? ここは捕虜をとって、身代金をせしめるのが常道だろう? 」


 「ロートバルト女男爵領は男爵家としては有数の資産家でありますが、一万人近くの捕虜を当てにならない身代金のために飼っておく余裕はありませんわね。


 よろしいですか!!


 あなた方はいま、卵を産まなくなった年老いたメンドリよりも価値がないのですよ。

 ですが、公爵領へと戻るだけの頭と足はありますよね。


 なので、お戻りください。」


 「おいおい。……おいおい。 ……おいおい、おいおい、まじか? 


 まじで言ってるのか?


 ……まじなのか……


 これはこれでえらい屈辱だな。

 捕虜を取る価値もねぇってか。


 ハァ〜


 ため息しかでねぇわ。」


 ブリュンヒルデの表情に一片の変化も見られないことにロメオ卿は肩を落として落胆した。

 しかし、すぐに表情を引き締めて、エミリアに向かい歩み寄った。

 エミリアは腰が引けて、逃げ出そうとしたが、思い直したのか、胸を張り、両手を組んで手の震えを隠した。




 「エミリア・アレクサンドラ・リュニリョール・フォン・ロートバルト女男爵どの、このロメオ・フォン・シュトロホーフェン公子は互いの家の名誉をかけて、剣を交えた時に其方の苦悩と孤独、そして野の真紅の雛罌粟(コクリコ)を思い起こすような強さを知った。


 我がシュトロホーフェン公爵家はその名を重んじ、名誉のために意見を曲げることはできない。

 だが、そなたも父と祖父の名誉のために剣を我が公爵家に向け続けるだろう。

 

 俺はそれが苦しい。


 お互いに名誉の炎を燃やし尽くし、そなたの白き柔肌に赤い焼けこげた傷を作りたくない。


 どうか、結婚してくれ。


 そしてお互いを知りあおう。」



 「ファ!? おめさ、戦で打たれすぎて頭さ、おかしくなったべか!?


 こっただ、血の流れた場所でわぁにそんな、そんな言葉を吐くじゃなんて、さてはおめさ、色男じゃな!? きっとあちこちのめごい娘っ子さ、口説いてるのじゃろ!! 」


 「そんなことはない!!


 わたくしは今まで剣一筋で生きてきた男だ!!


 剣の道以外を照らし出したのはあなただ!!」


 「嘘じゃ、嘘じゃ、嘘じゃ!! 上手いこと言っても騙されんじゃ!!」


 エミリアは顔を真っ赤にして叫んで走り去った。


 彼女から目を離さないでいるメイドは慌てる様子なく滑るようにエミリアを追いかけて、いつの間にか、数を数人に増やして、彼女の姿をロメオ卿たちに見えない様に取り囲んで去った。


 「お前のぅ〜 もうなんも言えんのじゃ。」


 「ある意味、素敵なプロポーズだったと思いますわ。」


 「うっかりこやつを親元に返すと余計なことを言って殺されてしまうのう。


 こやつのみ、捕虜にしとけ。


 その代わり、普通の捕虜と同じ扱いじゃ。エミリアの家にも妾たちの家にも置かぬ。


 衛士隊の牢獄か、冒険者ギルドのどっかに放り込んで置くのじゃ。」


 「はい。こちらで見繕っておきます。」


 メイドは肘を怒らせた珍しいお辞儀をして、ロメオ公子を連行した。

 いつもとは違う仕草にロリはブリュンヒルデの顔を見上げた。



 「あれはどういうことじゃ?」


 「メイドのお辞儀ですか? かなり怒っているという意思表示ですわ。口で不満を述べるのは不敬ですから、ああやって示すのですわ。きっと、殺しておしまいと思ってるのではないかしら?」

 

 「まあ、そういうな。使い所はありそうなのじゃ。」


 「はい。」


 百人兵長はロメオ卿が捕虜となったことでガックリとしていたが、彼以外の捕虜を取らないことでさらに驚愕した。


 「ロメオ卿は公爵の正妻の子ですが、序列は二番目です。ですが二番目は常に長子を補佐しながらも長子との能力争いをする立場です。


 卿を捕虜してしまっては、必ず公爵閣下は実子を取りかえなさければならないですし、なんならもっと大軍で攻めてきます。」


 「そのように言われても、ロメオ卿は我らが保護するエミリア女男爵にプロポーズをしましたわ。このまま彼を返すとどのようなことになるかは明白ではありませんか? なら、捕虜としてこの地に留めておいた方が彼の命を長らえる方策ではないかしら?」


 「本当に、ど阿呆のボンボンが!! どうすんだよ!! 」


 「公子の身分でしたら共に捕虜になる付き添いが必要ですわね。


 残念ながら、彼と共に育った近侍のものは、……いなくなってしまったから、あなたが急遽代理になりなさい。その前に副官が逃げたのだったら、速やかに代理を立てて、公爵領へと戻るように指示しなさい。」


 「はぁ〜、一応の業務分掌はできてるが、副官の次の騎士部隊長、弓兵隊とともに戦死しているからな。本来なら、歩兵部隊長が指揮官になるんだが、奴は平民で補給部隊長が一応貴族の次男でな。いうことを聞くか聞かないか…… 」


 「わたくしたちには関係のない話ですわね。二人に説明を行い、撤退の指揮をさせなさい。


 ああ、あと早馬で副官が逃げたと早々に伝えなさい。そうでないとどのような不利な報告をされるか分かりませんわよ。」


 「仰せのままに。」


 「その言葉はわたくしには使うものではなくってよ。その言葉に含まれた敬意に相応しい方がこの場にいらっしゃるのですから、もっと粗雑になさい。」


 「了解しました。」




 百人兵長はなんとか説得をして二人を連れてきて、ロメオ卿の目の前で説明を行い、職務分掌の通りに歩兵隊長を指揮官に据えて、生き残りの兵隊が戦死したものたちを連れて公爵領へと戻ることになった。


 結果、ロートバルト女男爵はロメオ公子と従卒の代わりをする百人兵長の二人を捕虜とし、その他の兵力をすべて公爵の領地に戻すことにした。


 貴族子弟で作られたロメオ卿の私兵隊という名の獅子身中の虫たちは突入しようとした従士歩兵隊は砕け、重装騎士の貴族子弟も銃騎兵隊の突撃で壊滅、ロメオ公子の近侍で軍師気取りの貴族子弟はチハたんの砲撃で尊厳破壊されて、人の形をしたタンパク質と脂肪、カルシュウムの人形と化していた。


 彼らは貴族子弟の高慢さからおかしなことをしないように武器や装備をロートバルト家の戦勝の権利として取り上げて、荷馬車で公爵家に送り届けることにした。


 すべてが終わったのが、五日後、エミリアとアニカ、様々な紛争終結のための文書制作と管理のためにヴィルヘルミーナと彼女の配下が不寝にやり遂げ、彼女らは屍のようにベッドに倒れ込んだ。


 シュトロホーフェン公爵軍の襲撃が終わり、撤退からさらに一週間が経ち、やっとロートバルトに平穏と業務が元に戻った。


 もちろん戻らなかったものもある。

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ロリちゃんとチハたん ヒグマのおやつ @berettam1938

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