第71話
二度あることは三度あるって
真実は(それぞれの人に)一つ
見目麗しい淑女や年若い令嬢たちからの冷たい目線にも動じないロメオ卿と対照的に戦場でも落ち着いていた様子が嘘のように挙動不審な百人兵長はエミリアとブリュンヒルデの前に立たされて、これまでの経緯を説明させられていた。
長い話が終えたのち、エミリアは理解できない表情でブリュンヒルデを見上げた。
「なんでこんなことになるんじゃろ? どれが真実じゃがわからん。わぁが間違ってるんじゃろか? それとも公爵が間違っておるんじゃろか? 」
まだ幼子と少女、子供と令嬢の間を行き来するエミリアの慟哭のような問いにブリュンヒルデは答えられなかった。
チハたんからそっと回り道をして関係ない顔をして姿を現したロリがエミリアの肩を抱いた。
「事実は一つじゃ。起こった出来事は事実でしかないのじゃ。それをさまざまな立場や眼差し、価値観で見るから真実がぶれるのじゃ。
よいか、エミリア。お主の父親は剣を持つことがない文人じゃったと聞いたが、家同士のつながりで出陣し、男爵を守るために騎士団も奮闘し、その結果、すべてをすり潰してしまった。
じゃが、公爵家からすれば、末端貴族のしかも他の家の寄子じゃ。潰すなり、悪い噂を流すなり、思い通りじゃ。それを真実として巷に流布することも詐欺師のように自分すらも信じることも自由じゃ。
エミリアは父親を紛争の作戦の失敗で殺されたと思っている。
公爵家はエミリアの父親が公爵家を裏切り、襲ったと信じている。
どちらも真実じゃ。
それほどまでに真実という言葉は軽いのじゃ。」
「じゃあ、じゃあ、どうすれば良いのですか!! 」
「どうすればいいなんてないのじゃ。お互いの信じる真実がぶつかり合って、勝った方が本物の真実じゃ。
じゃからのう。
エミリアは負けてはならんのじゃ。よいか、わかったな? 」
「はい。」
血の涙を流しそうなほど、まなじりに力を入れたエミリアは唇をかみしめて何度も頷いた。
「そろそろいいか?」
「ああ、忘れておったのじゃ。で、なんじゃ? 」
「俺は公爵家の息子だが話を聞いていて、男爵家の方が分があると感じたぞ、
家では兄貴はロートバルトからの税収や交易の計算を配下としていて、薄気味悪い笑い顔をしていたし、親父は戦費や負債を払えるとホッとしていたしな。
今聞けば腑が落ちるというものだ。」
「公爵家ではそうだろうとも、自領やこの国でそれを真実とひろめ回ったわけじゃ。そうなると今回の公爵軍が勝てばそれがこの王国の中での真実として確定するわけじゃ。」
「そういうものか。」
ロメオ卿が頷き、エミリアはロリに驚きの目を向けた。
「今更じゃがそうじゃ。 さて、納得が行ったところで公爵軍の1万人をどうしたものかのう? 」
ロリが首を捻ったところで、彼女とユズとアストラッドにチハたんの声が頭に響いた。
「連隊長どの、騎兵と思われる兵たちが集結しています。」
「ん? これはまずいのじゃ。」
チハたんの上に飛び乗り、背伸びをして辺りを見回したロリが顔を顰めた。
不思議な表情で彼女の目線を追ったロメオ卿と百人兵長、そして『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の面々がそれまでの表情を戦闘に向かう引き締まったものへと変貌させた。
「なんだ?あいつら、まだ諦めてねぇのか? 」
ロメオ卿率いる公爵軍は前線にいたロメオ卿の派閥であった公爵家の寄子の貴族の従士を中心にした楔形の歩兵部隊と彼らの主人である貴族を中心にした重装騎士隊たちが瓦解した。
しかし後方に下がっていた主力である公爵家直属軍の残存兵力が歩兵を前面に方陣をいくつも形成し、その後ろに弓兵部隊の方陣、騎士たち騎兵部隊が展開した。
「誰が指揮をしておるのじゃ?」
「先に進軍したのは公爵家の寄子である貴族家が公爵家に強く願い出て、子弟の重装騎士団とその従士歩兵隊を出した貴族軍だ。公爵家の正規軍よりも爵位が上の連中だから、正規軍の指揮下には入らないのだ。俺が全軍の指揮官だから、一応こいつらも俺の指揮下にあったが、まあ、初めから従う気はなかったようだったな。
そしていま軍陣を固めるためにあいつらをまとめているのは、本来の公爵軍の将校だろうな。
そこで転がってるバカは俺付きの配下であって、別に正規軍の参謀職や副官じゃねぇ。貴族軍の取りまとめ兼俺の相談役だ。公爵軍の騎士団で総纏め役の統合幕僚長から引き受けた副官は後方で補給部隊の指揮をしていたから、そいつじゃねぇのかな。」
「なんじゃあれは参謀気取りのバカか? 」
「ああ、軍に入ってねぇ。親の伯爵にも騎士団に入るように言われていたが、あんな汗臭いところには興味ないと断って姉のアントネットのところに入り浸ってたぜ。」
「とことんしょぼい男よのう。ではあれは本職がしておるのじゃな。これからどうするのじゃ?」
「さあな。」
歩兵の方陣が街道を中心にロートバルト市の城壁に沿うように両端から前進し弧を描き、その場に動かない弓兵隊が上に角度をつけて矢をかけて弓を引き絞った。
「どうやらまた当たるつもりじゃな。弓兵で砲兵や重機関銃隊を沈黙させたところで歩兵で平押しで城門を突破すると言ったところか。
まあ、常道じゃのう。
さて、ブリュンヒルデ、アニカ、どうする?」
ブリュンヒルデはロリにニコリと笑顔をみせ、アニカのいる城門の上に強い眼差しを向けた。
どん!!
地響きがするような音が城壁の上から響いた。
「傾注(アーハトゥンク)!!!!! 砲兵!! 重機関銃隊!! 弓兵を狙え。各自、発砲せよ!! 」
アニカのスキルである鼓舞の技の一つ。自分の兵士たちの耳目を集め、指示を行き渡らせる傾注(アハトゥンク)が彼女が振り下ろした指揮棒で戦場に石畳を叩きつける音を響かせた。
そして、彼女の凛々しい声から発するその命令を令嬢たちに浸透させた。
ズ、ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
まずマリア=テレジアが動いた。
彼女が握る92式重機関銃の引き金が絞られ、城壁上に据えられた鉄製の逞しい三脚の上の重機関銃が横なぎに発砲した。
キツツキが森の大木に穴を開けるような音を立てて、重たい発砲音が続き、曳光弾が弓兵を粉微塵にした。
後方の弓兵隊があげる阿鼻叫喚の惨状に歩兵隊の男たちが怯える中、89式重擲弾筒と97式曲射歩兵砲から発射される砲弾が歩兵の方陣の後方中央に待機する騎士隊の陣の真ん中に着弾した。
アニカは特に弓兵以外の敵については指示を与えなかったが、戦における用兵や各兵種の特徴、そして戦術などの戦訓の嗜みを学んだ令嬢たちは突破力として、近代までその優位さを誇った騎馬兵たちである騎士隊の無力化を一番最初に図った。
まだ弾着の際の爆発と大きな音に慣れない軍馬たちはパニックを起こし、騎乗していた騎士たちを振り落とし、逃げ惑い、地面に這っている兵士たちを踏みつけた。
歩兵の方陣は後方の地獄さながらの混乱に身動きを取ることができずに、身を固まらせて立ち止まったままだった。
すると中央の混乱した騎士隊の奥から一つの真っ赤な火の玉が城門の上にいるアニカに向かって飛んできた。
「アニカ!! 」
ロリの叫び声にもアニカは笑顔を見せて一歩も動くことなく、指揮棒を掲げた。
火の玉は途中で勢いを失い、城門の石組みに当たり、砕け散った。
「普通の魔法使いの炎弾ならば、ここまで届くわけがありません。」
「ですが、わたしたちにはこれがあります。」
囁くような声はアニカの手前。
はしなくも城門の石畳の上で足を広げて伏せていた一人の令嬢が99式狙撃銃の99式狙撃眼鏡を覗き込んでいた。
眼鏡の中には黒のフード付きマントを被った一人の年増の女性が映っていた。
ターンッ!!
軽い乾いた音と共に緑色の曳光弾が彼女の眉間に吸い込まれ、後頭部が破裂した。
弾着の確認をした令嬢はすぐに狙撃銃を抱えるように立ち上がり、護衛のメイドと共に場所を移動した。
「もっと穏便に済ませたかったのじゃがのう……」
「公爵軍が一万もの兵を出した段階で穏便って言葉なんか使えねぇよ。
うちの虎の子である魔法兵までやられて、歩兵たちが逃げないのが偉いな。あいつら潜ってきた修羅場が違うな。」
「単に恐ろしくて動けないだけじゃろう。お主なら撤退命令ぐらい出せるじゃろ。早々に引かせるが良いのじゃ。」
「ああ、百人兵長、歩兵隊を撤退させろ。そのまま伝令を使って、副官をこっちに呼び寄せろ。俺もどんな意図があって攻撃してきたのか知りたい。」
「わかりました。」
命令された百人兵長は駆け足で歩兵の方陣に向かった。
「お〜い!! なんで馬をつかわねぇんだ!?」
「百人兵長だからですよ!! 歩兵の隊長は馬には乗れないのが公爵軍の決まりです!! 」
「つまんねぇ規則だなぁ。」
ロメオ卿は肩をすくめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます