第70話

騎馬突撃ってロマンじゃね? チハたんは可愛いっすよ


 「さぁ!! 騎兵を突入させましょう!! 」


 「参謀どの、この状態で突撃できるか? 城門までの道は穴ぼこだらけ、馬はそれを避けながら進むから、どうしても勢いを殺される。

 城門の上から狙い撃ちだ。」


 「貴様!! そのよう命根性の汚いことばかり考えているから、今まで生き残ったのだろう!?


 そうだ!!


 お前が部隊を率いて…… 」


 「確かに百人兵長のいう通りだな。


 だがこれでは相手も出てこれまい。

 

 俺はどうすれば良い? 


 やはり一対一の騎士戦をすべきか? 」


 「恐れながら、このまま街道を封鎖すれば、いずれ娘っ子たちは干上がっちまうでしょう。」


 「そんないつになるかわからん作戦など、まだるっこしい。一万もの兵を率いてきたのだぞ、公爵軍としての面子もある。どうにかできないか?


 そして俺はあの娘男爵を泣かせてしまった。


 親に罪があろうとも娘には罪はない。


 ましてや、あんないい子だぞ。


 と、年は幾つなんだ?


 まだデビュタント前らしいし、親がいないんだぞ。


 そんな子が襲爵して、辺境を守っているんだぞ。


 健気じゃないか!!


 誰かが支えてやらんでどうするんだ!! 」


 顔を真っ赤にして主張するロミオ卿に百人兵長が深いため息を漏らした。


 「言ってることが矛盾してますよ、若様。我々はロートバルト男爵に侵攻しています。


 若様はあの娘男爵の敵なんですよ。」


 

「ロミオさまがあんなションベン臭い娘に籠絡されてしまうとは!!


 嘆かわしいです!!


 ロートバルトを落としてしまえば、あんな小娘なんぞ、奴隷の首輪と刺青を入れて、あとはロミオさまの好きにできます。


 さっさと攻めましょう。」



「あががががががが……」


 


 「何をしとるんじゃ?」


 「ロメオ・フォン・シュトロホーフェン卿がエミリアさまに恋に堕ちたようで、指揮系統に乱れが生じているようです。また前々回の百人兵長がいて、情報や戦訓を話しているようですが、あの参謀気取りの若い貴族が強硬に突撃を主張しているようですね。」


 「よう聞こえるもんじゃ。」


 「恐れ入ります。」


 メガネをかけたメイドが深々とお辞儀をした。


 「さて、武力は謎すぎて測ることができない、籠城のために攻めるのも難しい。じゃとすれば封鎖による対籠城戦が定石じゃろうが、それではいつ終わりを迎えるか?

 相手も戦場に出たことがない様子じゃ。

 どうするかの? 」


 「攻めるようです。」


 アニカが指揮棒で指し示した先には歩兵を先頭に鋭角の楔形陣営を整え、行進の速度で閉鎖していない城門に行軍する公爵軍が見られた。


 「愚かすぎるのじゃ。開けっぱなしなら、誘い受けとすぐに分かろうもんじゃろ。


 ……チハたんが城門の前まで出るのじゃ。妾もすぐに行くのじゃ。」


 「姫さま!! 」


 「チハたんの中にいれば、この世界では無敵じゃ。ユズとアストラッドもついてくるのじゃ。ブリュンヒルデはここでアニカと共におるのじゃ。メガネメイドも連絡役に来るのじゃ。」


 「姫さま!! 」

 「……わかりました。アニカも落ち着くのですわ。」

 「ロリちゃんさ、わぁはどうすれば良いのじゃ?」


 「エミリアは城門の上からずっと姿を見せておくのじゃ。きっとメイドたちが守ってくれるのじゃ。相手の指揮官にずっと罪悪感と葛藤を感じさせるのじゃ。


 ブリュンヒルデとアニカはグレートヒェンたちの銃騎士隊が突撃できるように待機させるのじゃ。


 よいか!!


 腐っても指揮官がアホでも一万人もの軍隊じゃ!!


 気を抜くではないぞ!!


 行くぞ、ユズ、アストラッド。」



 「はい。」



 ロリは城門から降りて、チハたんに乗車した。

 ユズとアストラッドも指定席に乗車した。


 「チハたんや。正面の城門へと向かうのじゃ。」


 「はい。前進するであります。」


 キュラキュラキュラキュラ


 チハたんの無限軌道が石畳を踏む音がし、跳ね橋の下された正門前にたどり着いた。


 「まずは手前を狙って榴弾を発射。その後は照準を合わせずともいいので、進行してくる歩兵や騎兵たちを驚かせるのじゃ。

 特に馬は戦車砲の砲弾になれておらん。人よりもパニックになって、戦列は崩れるじゃろう。」


 「了解したであります。」


 「グレートヒェンたちは、敵の戦列が崩壊した後に出陣せい。狙いは混乱じゃ。疾風迅雷の勢いで戦列を崩壊させたのちに、中央を突破じゃ。」


 「わかりました。すべては姫さまのために!! 」


 「姫さまのために!!」

 「姫さまのために!!」

 「姫さまのために!!」



 グレートヒェン以下、黒と緋色の揃いの軍服に身を包み、騎乗した令嬢たちはサンパチや百式機関短銃などを掲げて気勢を上げた。


 ゆっくりとチハたんが前進した。ロリはキューポラから出していた体を沈め、扉を閉じた。


 砲塔が回り、砲身の短い57mm戦車砲が行軍してくる公爵軍歩兵部隊の手前を狙った。


 ドォーン!!


 空を震わせる発射音が轟き、敵の手前に着弾した。

 迫撃砲弾よりも威力の高い爆発の衝撃に数人の兵士が吹き飛び、馬は怯えて、立ち上がっていなないた。


 チハたんは間を置かずに三発を楔形陣形の手前を狙って榴弾を打ち出した。


 ドォーン!!


 ドォーン!!


 ドォーン!!


 着弾するたびに爆風で人が吹き飛び、軍馬も乗馬している騎士のいうことを聞かずに、身を翻して逃げ惑った。


 キュラキュラキュラキュラキュラ


 チハたんが前進すると砲塔は57mm戦車砲を正面に向けて威嚇した。


 兵士たちは理解を超えた存在の恐怖に槍や剣を捨てて逃げ出した。


 パッパララパラッパー、パッパーパパパラーララー


 ラッパの朗々たる響きと共に黒と緋色の華麗な令嬢騎兵隊が城門から姿を現した。

 彼女らはチハたんを中央に左右に一列横隊を取った。


 キューポラの蓋が開き、ロリが上体を乗り出した。


 「突撃じゃー!! 」


 ロリの掛け声とともにチハたんが仰角をいっぱいにとり、後方へと一撃を放った。


 それを合図とグレートヒェンの騎馬隊も一斉に馬を走らせ、手にした銃を撃ちはじめた。


 理解の埒外の恐怖とよく知っている目の前に迫る恐怖に公爵軍は瓦解した。


 一撃も放つことができずに公爵軍がグレートヒェンたちに背を向けて逃げるのを見たグレートヒェンはそのまま斜行陣を取り、左方向へと公爵軍を取り囲むように馬を進めた。

 逃げ道を制限された公爵軍はロメオたちのいる本陣や右方向へと殺到した。


 そこに城門や城壁の上に陣取った89式中擲弾筒や97式曲射歩兵砲の攻撃で右の道も絶たれ、彼らは来た道を戻るしかなかった。


 「くそっ!! どうなってる!? 」


 「正面だ!! 正面へ突撃しろ!! 歩兵は肉壁となって騎士たちが城門に突入できるように道をつくれ!! 逃げるな!! 逃げた奴は抗命罪で縛り首だ!! 」


 「ロメオ公子、直答をお許し下さい。」


 「おう、なんでもいいぞ。あいつがこだわりすぎているだけだ。」


 「はっ。勇猛果敢な参謀殿に剣を持たせて突撃させましょう。我々はその間に後方へと転進し陣を立て直し、軍使を立てて、ロートバルト女男爵と彼女を補佐する傭兵団の、多分赤毛の指揮官が頭目でしょう。彼女たちと交渉をいたしましょう。

 我々が聞かされていた事前の情報と、彼女らの知っている情報に齟齬がありすぎます。

 これはしなくてもよい戦の可能性が高いと考えます。」


 「貴様!! やはり裏切るのか!! 」


 「ウルセェ!! あの女狐にタマァ握られて、一万もいる公爵軍をすり潰す気か!! 死にてぇのならまずテメェから死んでこい。女狐は嘘涙の一つでも浮かべてくれるだろうよ!! 」


 「なんだと!? 貴様まであのメスガキたちのようにアントネットさまのことを悪くいうのか!! 


 あの方は公爵家にもたらされた聖女だぞ!!」


 「十二の男にもなっていねぇガキに発情して攫うような女が聖女な訳あるか!!」


 「あ〜もう、うるさい!! 」


 ロミオは腰の剣を抜き、ギラギラとした目で百人兵長を睨みつけていた参謀に向けた。


 「ロ、ロミオさま!! 」


 「俺もおまえもこれが初の戦場だ。ただ怒鳴ってばかりでは兵の一人もついてゆくことがないだろ? かといって、俺は公子だから最前線に出ることができない。」


 「はぁ? では!? 」


 「お前が先頭に立って敵陣を突破してこい!!


 これは命令だ!!


 おい、こいつを乗ってきた馬にくくりつけて、敵の城門まで送り届けろ。着いたら馬の尻を叩いて攻め込ませろ。」


 「公子さま!! 」


 「お前が本物の利口な軍師なら勝てるはずだ!! 俺は信じてるぞ!!」


 侮蔑した眼差しで軍師の両腕を捕らえた兵士たちは彼を引きずって立ち去った。


 「これで、少しはまともに考えることができるだろう。


 まったく、俺は親父からも考えるのが下手なのだから、他人に任せてお前は行動しろと言われているのに、なんでこんなことになっちまうんだ。」


 「公子閣下。あなたは十分やってます。これで少しは交渉の余地が出来ました。」


 「おう、そうか。まずはどうしたらいい? お前があいつの代わりになってくれ。」


 「いえ、ですがわたしは平民でのしかも百人人兵長です。序列では副参謀がいるはずです。」


 「まあ、いるがな。あいつと同じだぞ。公爵家が従えている貴族の師弟はなぜだがアントネット姉様を聖女と呼んで崇めているがな。

 正直俺にはただ怖いだけの姉貴だがな。」


 「へぇ。 軍師たちとは違いますね。まあ、ともかく公開した戦列を下げましょう。


 ……!? 」


 前方に進軍していた重装騎士たちが馬を翻して戻ってきた。


 「なんだ!? 」


 「公子閣下、あなたには幻滅しました。聖女さまのご指示通りにロートバルトの辺境の町を灰塵に期して、南の女王に献上する作戦が崩壊してしまいました。


 聖女様の不肖の弟として、責任を取っていただかなくてはいけません。 」


 重装騎士隊に囲まれて出てきた参謀はぐるぐる巻きされていた縄をを外されて、腕組みで馬上で哄笑していた。


 「はぁ〜はっはっはっ!!


 幼い頃から文字もろくに書けない、計算もできない、家庭教師の話も理解できないお前が、ただ血筋だけでアントネット様を押し退けて公爵家の序列を上がるなどとは烏滸がましいのです。


 さっさと廃嫡願いを出して一兵卒になればいいのにと常々考えていました。」


 公子の配下として育てられていたはずの参謀はあからさまにロメオ公子を幼い頃から馬鹿にしていたことを公言した。

 彼の周囲の貴族の重装騎兵もうすら笑いながら頷いていた。


 しかし、ロメオ公子は動じることなく、肩をすくめて、腑に落ちた顔をした。


 「まあ、お前が俺の側用人なのに、常々軽んじていたのは知っていた。


 頭はいいが、このようなことをしていいと思っているのか!? 」


 「関係ない!!


 本来あるべき姿を取り戻すのだ!! 


 我らはアントネット様の望みを叶えるのだ!! 」


 「もうダメですね。」


 「平民!! それはどういう意味だ!? 」


 「お前らがということですよ。」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!


 「戦い中に敵に背中を向けるような愚か者は生きることすらできないだろうってことですよ。」


 グレートヒェンの銃騎士隊が一列縦隊になり、突撃をしてきた。


 銃弾が辺りに撒き散らされて、重装騎士、歩兵に関わらず、その場で崩れ落ちた。

 彼女らが通り抜けた後、十字にあたる方向からも別働隊が突撃をかけてきた。


 逃げ出さなかった公爵軍の精鋭はバタバタと倒れたが、中央で突撃にも顔色を変えずに辺りを見回すロミオ公子と抜け目なく脱出路を確認しようとする百人兵長とその周囲に弾丸が向かうことはなかった。


 ギュルルルーン。 ドドドドドド……


 重いものが回転する音とともに何かの塊が押し寄せてくる存在感の圧迫ののち、チハたんがロミオ公子たちの目の前までやってきた。


 「なんだこれは? 」


 「まるで鉄の獅子ですな。」


 「こ、これが敵の秘密兵器だぞ!! なんとしてでも捕まえろ!!!! 」


 ドゥドォーン!!!!


 目の前で57mm戦車砲の威嚇射撃を受け、空気の圧撃に倒れた軍師は股を濡らして腰を抜かした。


 「おい、誰か中にいるのか? いるなら姿をあらわすんだ。俺たちは交渉を望んでいる。


 どうだ?」


 中からの返事はなく、十字突撃を行った『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の軍馬が軽やかに彼らの前に現れた。


 「『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の突撃隊長、グレートヒェン・ミツコ・フォン・タターリア辺境伯令嬢だよ。


 この場はぼくがお相手するよ。


 あなた方は武装を放棄して、ぼくたちと一緒に来てもらうからね。


 いいかな?」


 「ああ。仕方がねぇ。」


 ロミオ卿は腰の剣を侍従に渡し、隠し持っていたナイフを地面に放り捨てた。


 「鎧は勘弁してくれ。脱ぐとみっともねぇ下着姿になっちまう。」


 「いいよ。そっちのおじさんはどうするの?」


 「ああ。」


 百人兵長は頷いて剣や短剣、ナイフなどを捨てた。


 「まだあるよね。ブーツのところ、変な膨らみがあるの、わかってるんだからね。」


 「チッ。一応公子閣下をお守りするために持って置きたいんだが、それもダメか?」


 「多分、エミリアちゃんのメイドはナイフの一本程度じゃどうにもならないよ。


 返って悪印象だから、捨てた方がいいと思うな。」


 「わかったよ。」


 百人兵長はブーツから、合計四本の刃の色が黒ずんだナイフを捨てた。


 「毒付きかぁ。おじさん、ふつうの隊長じゃないっしょ? 」


 「用心深いだけだよ。じゃあ、連れて行ってくれ。俺たちは歩いてゆくのか? 」


 「そうだね。ちゃんと歩調は合わせるから大丈夫だよ。」


 「それは助かるな。では公子閣下、ゆきましょうか?」


 「おう。なんかワクワクするぜ。」


 「お気楽ですな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る