第67話

戦争の裏、外交の表、鉄血で解決できない物事、ロリちゃんのストレス限界


 アルマン卿は領地に向かわずに王都の息子の屋敷に向かうと決め、エミリアを慌てさせた。


 ユズの回復魔法で傷だけではなく、それまでの持病も治してもらい、療養を済ませて体力を回復したと主張した。


 実際に見た目も若返った。


 それまでは背が曲がり、皺だらけの顔に曲がった長い鼻と老齢のために力を失い落ちた瞼の下の目が抜け目ない商人のように光る年老いた狷介で胡散臭い老人だった。


 それが固まった背骨が伸び、顔に張りが出てまなこをすべて晒した上がった瞼と皺が減ってあがったまなじりは狷介な印象が意志の強い眼差しに印象が変わり、壮年の懐が深い、酸いも甘いも噛み締めた理想的な中年漢になった。


 ちなみに髪も分け目に白いものが混じる黒髪に変わった。


 エミリアの涙ながらの説得もアルマン卿の抱擁で屈し、結局、修理した箱馬車に体調を持ち直した馬で戻ることになった。


 箱馬車には若々しくなったアルマン卿とともにずっと付き添った侍従とエミリアのメイドがついた。


 メイドは初期型の特徴のない、しかし戦闘特化型のメイドを選択し、『フェリ・フルール・ドゥ・リス』はシャルロッテが四人の侍女とともに護衛に着くことになった。

 

 「姫さま、ご無礼いたします。」


 シャルロッテはロリの両手を額に押しいただき、そして頬にそっと寄せて手の温もりを感じていた。


 あまりに無表情に行う一連の動作にロリは一抹の恐怖を感じたが、空気を読んで黙っていた。

 

 「充足しました。」


 「それはよかったのじゃ。頑張ってゆくのじゃぞ。」


 「はい。この剣ですべての障害を切り裂きます。」


 「お前はやりすぎるなじゃ。」




 アルマン卿が箱馬車でエミリアの邸を去ってゆく姿を二階のバルコニーで見送ったロリは振り返り、しばらく立ち尽くした。

 そして頭を上げて、胸を張って部屋に戻った。


 「さて、これからは政争じゃ。剣と槍と魔法の代わりに法と言葉と貴族をどれだけ味方につけるかという数の暴力による戦いじゃ。

 しばらく、エミリアをはじめ、妾たちの出番はないのじゃ。」


 「ロリちゃんさ、わぁの出る出番はまだねぇすか。」


 「さあなのじゃ。ブリュンヒルデ、わかるか? 」


 「はい。いずれ、バイスローゼン王の名前で召集がかかるでしょう。当事者同士での論戦があると思いますが、エミリア女男爵は女男爵としてのお目見えもまだで、デヴュタントの舞踏会もまだと聞きます。

 さらに成人もされていませんので、代理を立てることが可能です。

 代理人はバイスローゼン王国の貴族に限定されていますが、先の宰相であるアルマン卿であれば、役不足でありますまい。」


 「はぁ、んなら、大船に乗った気でいてもいいっすなぁ。」


 「ただ、そうなると王国の旧世代と現世代の世代対立を煽ることにもなりそうですね。」


 「ほわぁっ!? 」


 「それはそうですわよ?


  先の『駆け落ち戦争』をどうにか国家間の戦争では無く、一貴族たちの紛争ということで取りまとめて、停戦に持ち込み、それでもカロリーヌ殿下の輿入れ行列を遭難させて、責任を取る形で引き下がったとのこと。

 表向きは失敗とみられても実態は老練な外交努力で収めたとという陰の功労は王家にとって借りになってましょう。


 それに対して今の閣僚となって、現世代の宰相はともかくその他の大臣たちは何か実績を得て旧世代の残滓を拭い去りたいですわよね。」


 「あぁ〜 わぁにはわからんじゃ。領民の安寧が一番だべさ。自分が目立ってどおするじゃ。」


 「エミリア女男爵はまだまだお子様ですわね。」


 「んな!? 」


 「ともかくじゃ、あのおじじはそれほどの影響力を持っておるのじゃな。」


 「ええ、他国なので詳しくは存じ上げませんけど、リシュリュー伯爵家はここ数代宰相を続けて命じられている家ですわ。国の中枢で宰相の地位を維持し続けることができるのは、本人の能力だけでは無く、家の政治力や繋がりを表裏に強く持ち続けることができる実力があるということですわね。」


 「ええ。アルマン卿がその地位にいた時には公爵家は無理でも侯爵家ならば廃爵することができるほどの力を誇っていらっしゃいました。」


 そっとエミリアの執事長が補足の情報を提供した。


 「流石に公爵家は王位継承権が絡みますもの。宰相といえども伯爵家が公爵家を潰すことは難しいですわ。」


 「だからシュトロホーフェン公爵は今も健在ということなんだ。」


 「まあ、そうでしょうね。」


 「のう、ブリュンヒルデよ。ちなみにローゼンシュバルツ王国でシュトロホーフェン公爵と対峙した貴族はどうなったのじゃ? 」


 「ノイエハイデンブルグ辺境伯ですね。かなり意気消沈されていらっしゃるとのお話しで、辺境伯の称号を返上しようとしましたが、姫さまの姉殿下から一喝されて、今もその地位にいますわ。」


 「? ツッコミどころが多いのじゃが、まずはどうして引退できなかったのじゃ? 」


 「辺境伯の長子がシュトロホーフェン公爵の長女に誘惑されて、駆け落ちしてしまったからですわ。」


 「どうしてそんなことがいえるのじゃ? 男の方から誘惑するのが多いのではないか?」


 「姫さま、ノイエハイデンブルグ辺境伯の長子は姫さまと同じ12歳でしたわ。」


 「ファッ!? 」


 「対してシュトロホーフェン公爵の長女は当時18でした。」


 「ほう?」


 ロリの邪悪な知識の沼から『おねショタ』と言う言葉が浮かんできたが、強い意志でそれを抑え込んだ。



 「辺境伯の長子は現辺境伯のように肉の鎧を見に纏うような漢らしい少年ではなく、まるでひな菊のように清らかで汚れを知らぬ無垢な少年でした。

 ですので公爵令嬢がたぶらかしたと考えるのが普通です。

 そもそも、彼には婚約者がいました。」


 「誰じゃ? ……まさか? 」


 「ええ、姫さまでございます。


 辺境伯には娘が二人ほど先に生まれ、やっとできた長男ですが、父親に似ていない線が細い少年で幼少期は病気がちだったと聞きます。


 辺境伯が紛争の絶えない自領の次代の統治に不安を感じ、王家へと願い出て、妃殿下が伯の求めに応じて、姫さまを輿入れされることで領地の強化とされました。


 ですが、辺境伯長子が拐かされて大規模な紛争となり、辺境伯はその責任を取ろうとしました。


 そのために姫さまと自分の長男との婚約を辺境伯の瑕疵で自ら、破棄されて、バイスローゼン王家への輿入れを率先して賛成されましたが、姫さまの輿入の遭難で彼はその命を持って責任を取ろうとしました。


 が、姫さまの姉姫さまたちが辺境伯を一喝されて、彼はその地位に留まりました。


 いまや辺境伯は爆発寸前の火山のようです。


 姫さまを暗殺しようとしたのが、シュトロホーフェン公爵家の狗と結託したローゼンシュバルツ王国の当時の近侍をしていた侍女や近衛騎士だったこと、姫さまが生存していたものの、魔物の領土であるロートバルト平原での遭難、姫さまの記憶喪失、ロートバルト領が姫さまを保護したこと、そして、そのロートバルトへの乱暴狼藉とバイスローゼン、ローゼンシュバルツの両王国で蠢く薄暗い欲望。


 これらを辺境伯が知れば、辺境伯の持たれる全戦力、領地の全てを総動員して、姫さまを保護し、自分の息子を誘惑したシュトロホーフェン公爵もついでに滅ぼそうと攻めるでしょう。」


 ブリュンヒルデの言葉にロリは四つ這いになって床に手をついた。


 「姉姫さまというのは、妾の姉、なのじゃな? その時、その、両親はどうしておったのじゃ?」


 「バイスローゼン王国を殲滅するために王命を出そうとしていましたが、姫さまの兄殿下に停められていました。兄殿下たちは姫さまが遭難された場所、経緯などをすべて詳細にお調べになり、バイスローゼン王国の領地で行われたと証明して、多額の賠償金を手に入れました。


 兄殿下たちは早速その金の分配で嬉しい悩みを漏らせていましたわ。」


 吐き捨てるようにローゼンシュバルツ王国の王子を貶めるブリュンヒルデに肩をすくめた。


 「……そうか。ローゼンシュバルツ王国はよう我慢しとるのじゃ。あと妾はどんな扱いなんじゃ? 」


 「姫さまは確かに個人の武力では姉姫さまに一歩劣りますが、知略や謀略、魔法などにすぐれ、近年稀に見る王家での最優の王女でした。


 歯の矯正や私生活でのゆるさも一番でしたわ。」


 「それは良いのじゃ。ともかく妾はまったく覚えておらんのじゃが、昔の妾というものはそうじゃったのじゃな。」


 「ええ、ローゼンシュバルツ王国の希望でしたわ。姫さまなら帝国と平等条約やなんなら併合すらできると考えられていましたわ。」


 「いや、今では帝国がどのような国かわからんが、それは無理じゃろ? ともかく妾たちやエミリアができることまではまだ間がありそうじゃ。それまで、領地の安寧を図るのが先決じゃぞ。」


 「はい。」













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