第66話
空騒ぎの向こうの仄暗い底
ロートバルト市の東西南北が交差する公園を中心に戦勝会は二日間に渡り行われた。
主だった通りには祭りの時に灯されるカボチャに顔のついたような魔除けの飾りランタンが華を添え、屋台が多い公園や市場、通りにはエミリアからの酒樽が置かれていた。
子供たちには甘いお菓子が配られた。
街には領民たちが路上に出て酒を酌み交わし、肉とお菓子を頬張って騒ぎ立てた。
城門の外で起きた戦いを覗き見していた領民たちと放浪の吟遊詩人たちが酒場で『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の令嬢や淑女たちの勇ましい姿を歌い、語り合った。
ロートバルト市以外の開拓民の村にも冒険者を通じてエミリアの名義で食べ物が配られた。
このように領民はエミリア女男爵に代替わりしてからの初めての戦の勝利に盛り上がっていたが、それに反してエミリアの屋敷はひっそりと静まっていた。
「皆喜んでましてよ。エミリア卿のおかげだと。」
「んなことなんかねぇ。んだども、領民のみなが喜んだども知れて嬉しいなぁ。」
恥ずかしがるエミリアにブリュンヒルデは胸を張るように助言した。
「ロートバルト領を巡回して知ったこととしては、先々代の男爵の遺徳が隅々まで広がっていることですわ。ですから、エミリア卿のこともみな慕っておりますわ。」
「なんが、えらいはずかしいなぁ。」
「まずはこれでロートバルト女男爵が公爵家と紛争しても動揺していないことを示すことができましたわ。領民はもちろんのこと、商人に対しても余裕を示すことで彼らが逃げ出すことを避けられましたわ。
後は今後の政治的な闘争については残念ながらエミリア卿には期待できませんわ。
でも、王家が女男爵に同情的であることと財務卿以下、王国の官僚と公爵家が利害関係で対立していることが救いですわ。
そこで旧世代の前宰相たちに影響力を発揮してもらうことでエミリア卿を援助をしてもらうのがよろしいかと。」
「んだなす。そっただ、難しいことなんか、わぁは無理だなす。みんなの助けが必要だなぁ。」
エミリアはブリュンヒルデの言葉に頷いた。
ドアがノックされた。エミリアが頷き、いつの間にかそこにいた、若い容姿の執事がドアを開くとメイド長が南諸王国の奴隷騎士団長、マムルクを案内してきた。
「急な来客ですが、喫緊のお知らせとのことでお通しいたしました。」
「ふむ。今回の引き上げでも王国の女王に対して物申してくれたとのことを聞いたのじゃ。ならば、マムルクの話は聞くに値するじゃろうな。」
「では、どうぞ。」
「うむ。ありがとうございます。お美しい方々がお揃いで、私のような粗野なものでも心が洗われるようであります。」
「世辞はいいのじゃ。引き上げたお主がなぜ、また来たのじゃ? 」
「はい。今回、我が『女王』陛下の『ワガママ』で我が騎士団の契約を終了することになり、これまでのロートバルトでの楽しき戦いの思い出などを話させていただきました。」
「……あれが楽しかったのじゃな? そうか、で? 」
「我が『女王』陛下におかれましては、あやしげな噂を耳に入れられて、北方への街道の要所がお手軽に手に入ると思われているようで。」
「なるほどのう。それに対してお主は現実とやらをその『女王』陛下とやらに教えたのじゃろう。」
「ええ。ご理解いただけたようで幸いです。なので南はこれからも穏やかに交易などが発達することを望む、とのことでした。」
「……奴隷騎士団長マムルクとやら、あなたが来る価値はあったようですわね。」
返答したブリュンヒルデをはじめ、ロリ、ユズ、アストラッド、アニカは納得して頷いたが、エミリアは不思議そうな表情で、執事やメイド長を見上げた。
「後で説明してやるのじゃ。」
「……はい。」
エミリアに声をかけたロリにちぢこまって頷いたエミリアをその場の他の人たちは暖かい目で見守った。
「ところで、今後はどうするのじゃ? 」
「帝国の方へと赴くことになりそうですな。『女王』陛下の指示とはいえ、これからの季節、我々には応えそうです。」
「……装備と情報に関してはシラーフシュツット商会長へと訪ねるが良いのじゃ。妾からと言えば快く応じてくれるじゃろ。あと、ここから帝国までの道のりはローゼンシュバルツ王国を通過せねばなるまい。のう、ブリュンヒルデよ。」
「はい。やや遠回りですが、クラシス公爵領を通るがいいですわ。わたしの名で紹介状を書いておきます。バイスローゼン王国よりも新しい情報が得られるでしょう。」
「感謝します。」
マムルクは褐色の禿頭を下げて謝意を表した。
雄臭い表情の褐色の美しい奴隷騎士団長はブリュンヒルデに獰猛な笑みを見せたが、彼の言葉は紳士的で穏やかな響きが耳を潤した。
「いずれ、共に戦うとも敵味方に別れても、あなたとは楽しめそうですが、わたしは女性崇拝者なので、後者は避けたいですね。」
「運命の女神にしかわからないことですわね。楽しみにさせていただきますわ。」
マムルクがメイド長と共に部屋を出ると入れ替わりにアルマン卿が杖をついて部屋を訪れた。
一時は腰が抜けたように立てなかった高齢のアルマン卿だったが、何度かユズに治療を受けた結果、軽く杖で支えるだけで歩くようになった。
ただ、体力の回復はまだのようで、風邪をひきやすい虚弱さは残っていた。
彼は指定席のロッキングチェアに腰を下ろすと付き添いの侍従が膝掛けを彼の膝にかけ、お湯で割り、蜂蜜を足した葡萄酒を渡した。
「マムルクがやって来たと聞いたが?」
往年の張りはないが、それでも腹から出ている声にエミリアたちは安心した。
「帝国へ行くとのことであいさつに来たのじゃ。南方はこれからもロートバルトと良い関係を築きたいとのことじゃ。」
「心配事が減りましたな。」
「あの〜 」
「エミリアは本当にこう言ったことに鈍いのじゃ。
どちらの陣営だか、わからんのじゃが、南方の『女王』にロートバルトは弱っていて、王国も手を出さんので切り取りをしても良いと甘言を弄したものがおるようじゃが、マムルクが我らのことを話し、思いとどまらせたようじゃ。
でじゃ、これからも交易を発達させたいということはロートバルトを攻めることなく、今までの関係を続けたいということじゃから、南方は気にしないでもいいということを話しに来たということじゃ。」
「ハァ〜 わぁには言葉の含みなんぞ、よくわからんじゃ〜」
「お主はそれでも良いのかもしれんのじゃ。で、おじじよ。」
「うむ。公爵軍を一蹴したとのことだが、陛下の裁定を待たずに強引に相手の有責を狙って飛び地にしようとしたのだろうな。ほっておいて良かろう。これで王家の裁定はロートバルトに強く傾いた。焦って事を起こしたシュトロホーフェン公爵が自滅した形だ。」
余裕を見せて深々とあるマン今日は椅子に身体を埋めて、ほの温かい蜂蜜入りの温かい葡萄酒を飲んだ。
しかしブリュンヒルデが疑義を申し立てた。
「ですが、公爵がこのような拙速に事を起こしたことに疑問があります。アルマン卿を襲った騎士が姫さまの顔を見て、なぜ生きていると漏らしたことから、暗殺者を送ったのはシュトロホーフェン公爵である可能性が高いです。
なので、姫さまの暗殺の隠蔽を行ったのではないかと考えられます。」
「うむ。だが、あの時の騎士たちはすべて口封じをしたのだろう? ならば、公爵が殿下が生存していることを知っている可能性低いとも考えられる。そしてロートバルトへの訴訟はわしの襲撃前に起こしたものだ。
ならば、今回の件と殿下は後付けの理由にはなるが、それだけではないとわしは考えている。
この図を書いたのが公爵と考えるから納得が行かぬのだろうな。」
「では、誰じゃ?」
「シュトロホーフェン公爵の娘、出奔したアントネットだろう。」
「はぁ!? 」
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