第65話

お昼寝って癖になるよね。 



 「終わったようじゃの。」


 「はい。それでは姫さまもおねむのようですから、下に降りましょう。」


 「おい、ちょっと待つのじゃ。妾はもう12歳になるのじゃろ? いくら子供でももう12でお昼寝はせんじゃろ? 」


 「でも眠そうですよ。 」


 メイドの言葉にロリは思わずあくびをしてしまった。急に瞼が重く、頭がゆらゆらと揺れる。


 「うん。眠いのじゃ。」


 「じゃあお昼寝にゆきましょう。」


 「うん。」


 メガネをかけたメイドがロリの背中に手を回して、そっと城門を降りる階段へと向かわせた。




 ロリが目を覚ますと、カントリーハウスの自室のベッドに横になっていた。

 ロリの部屋はカントリーハウスの二階の中央、東側に向いていて、大きな窓に細かい透かし彫りの木製の目隠しから陽の光が透けていた。

 大陸の中央部出身であるロリたちには南部のロートバルトは暑いため、風が通るように扉も開けていて、両脇にはブリュンヒルデとヴィルヘルミーナの戦闘もこなせる侍女が椅子に腰を下ろし、見張りをしていた。

 広い部屋は優雅だが、豪奢になりすぎない程度の田舎風味の家具が配置された少女のための部屋の中で、天井からまるい金具から薄いレースのカーテンが中のベッドを見えないように優雅なカーブを描いて吊り下ろされていた。


 「お目覚めになりましたか? ロリちゃんさま。何か飲まれますか?」


 「お、おう、エミリアのところのメイドじゃな。冷たい水を所望する。」


 「はい。」


 音もなく腰掛けから立ち上がったメイドは銀のカップをお盆の上に置き、水差しから水を注ぎ、ロリに差し出した。

 起きっぱなしになっていたはずの水差しの水が注がれた銀のコップは注がれているうちに曇るほど冷やされていた。


 一気に水をあおったロリは冷たい水が喉を通る感触で、完全に目が覚めた。


 「皆のものは戻っておるか? それに怪我などをしたものはおらんか? 」


 「はい。みなさま、撤収された後は冒険者ギルドの共同温泉に行かれ、整えてから、屋敷にお戻りになられて、お休みされています。」


 「ならば良いのじゃ。晩御飯は後どのくらいじゃ? 」


 「後一時間ほどいただきたく存じます。」


 「お腹が空いたのじゃ。何かつまむものでも……」


 「ロリちゃんさまも長い間、表にいらっしゃったので、お風呂をどうぞ。その間に晩御飯の準備が終わります。」


 「いや、妾、甘いもの……」


 「皆様、それでは引き継ぎをお願いいたします。」


 ドッと流れ込んだ侍女とメイドたちに気を取られているとロートバルトのメイドの存在が消失した。


 「はい。姫さま、ご機嫌麗しく存じますわ。朝から表にいらっしゃったから、まだ張りのある姫さまのお肌とはいえ、日焼けしてしまいますわよ。薬草入りの温泉に丹念な肌のお手入れが必要ですわよ。」


 「風呂は入りたいのじゃがな。甘いものもな。」


 「ご飯前に食べるとブリュンヒル……」


 「よう考えたらいらんのじゃ。その代わり入浴中に冷たい葡萄味の炭酸水を所望するのじゃ。」


 「はい。お利口さまですね。」


 侍女たちから持ち上げられ、教育係の名前で脅されながら、ロリは浴室へと向かった。





 その夜はエミリアから送られた一頭の羊を、香草焼きにリブロースの丸焼気、トマトの煮込みなど多彩な料理を全員で楽しんだ。


 


 



 次の日、チハたんに乗車したロリ、ユズ、アストラッド、ブリュンヒルデ、途中のギルドでアニカを拾って、エミリアの屋敷に向かった。


 彼女たちはエミリアの執務室に通された。


 「ロリちゃんさぁ…… さすけねぇかぁ? あど、ブリュンヒルデさぁもみなどだ? 」


 珍しく、戸惑いの表情を浮かべて、ロリに問うような表情を見せた。


 「ブリュンヒルデは南の方言は初めてか? エミリアはみんな大丈夫だったかと尋ねているのじゃ。」


 「はっ? ああ、ええ、まあ、無事でしたわ。お気遣いありがとう。それよりも姫さまはこれからのことについてのお話をしたいと言っていますわ。」


 「そうじゃな。まず妾が知りたいことじゃが、高位貴族配下の百人ほどの軍に下位貴族の領都が取り囲まれた場合、本来ならどうなるのじゃ?」


 「攻撃三倍の法則を考えるなら、籠城している方が強いっすけど、実際はそううまく行かないそうっすね。」


 「三倍? どのような根拠に基づいたお話かしら? アストラッドのお話はいつも興味深いですから、楽しみですわ。」


 「それは後ほどじゃ。で?」


 「まず城門を解放して、降参しますわね。」


 「どうしてじゃ? アストラッドの話じゃないが、籠城している方が有利じゃろ?」


 「百人の兵を敗北させたとしても、後続の兵が押し寄せますわね。


 それに大貴族が周辺の貴族に街道の閉鎖や商人たちに商売の禁止を命じたら、物資の補給を得られないことになりますわ。そうなっては地獄の始まりですわ。


 ですから、百人で攻めるということはある意味、儀礼的なものですわね。


 男爵家と公爵家が紛争するなど、本来ならあり得ないほどの非対称な戦力、政治力な戦いですわ。」


 「じゃが、今回、エミリア女男爵はシュトロホーフェン公爵をボロボロにしておるのじゃ。シュトロホーフェン公爵家の本体は赤っ恥をかかされた。これは本気でくるのかのう?」


 「ロリちゃんさ、わぁも次は出るっす。ロートバルトの意地を見せてやるじゃ! 」


 エミリアは青黒い目の下の隈をそのままに、いつもは青白い顔色を紅潮させて執務室のデスクを両拳で叩いた。


 「頼もしいのじゃ。じゃが少々待つのじゃ。妾の知りたいと思っていたことが知れたのじゃ。皆のものたちは今回の戦いで気になったことはどうなのじゃ? 」


 「ではわたしから。あの使者も変でしたが、護衛隊の隊長は百人兵長と呼ばれていましたわ。あの規模ならば適役でしょうが、騎士たちは貴族階級で指揮官を軽視していましたわね。」


 「本来はちゃうということなのじゃな。」


 ロリの返答に我が意を得たりとブリュンヒルデは笑顔を見せて答えた。


 「ええ、重装騎士を連れてくるのでしたら、隊長を貴族にしないと統制が取れませんわ。今回の隊長の横には副長ともう一人魔法使いのような兵士がいましたわね。隊長は言葉遣いから平民出身が察することが出来ますわ。ですが、魔法使いのような兵士が戦に参加することがなく、彼はただいるだけで、時折副長や隊長から何かを問われて、答えていましたから、多分観測兵の類ですわね。」


 「観測兵って何? 」


 「ユズよ、そんなことも知らんのか。アストラッド。」


 「わたしも知らないっすよ。ロリちゃん知ってるっすよね。」


 「……アニカ、説明するのじゃ。」


 「観測兵は攻撃魔法のための兵科ではなく、魔力の流れや量、使用した魔術、魔道具などを鑑定魔法で観測、分析する兵のことです。

 あまり数がいなく、敵の魔法戦力を丸裸にして、それに対抗する戦術を構築するために重要な役割をするので、もし出てきたのでしたら、なんらかの意図があるのでしょう。」


 「ええ、アニカの言う通りですわ。国内の下級貴族に圧力をかける兵に連れてくる必要はないものですわね。わたしが思うにロートバルトの噂が流れているのは確定ですわね。」


 「今回はかなりチグハグな編成だったと言うことですか?」


 エミリアは冷静さを取り戻して、標準語で疑問を口にした。


 「まあ、そう言うことになりますわね。ならばこれがロートバルトの戦力を測定するための編成であったと考えた方が自然ですわね。」


 「大人数を動かして、面倒なことをするもんじゃのう。で、今回の結果を持って、もっと攻め込むつもりじゃな。」


 「………… アニカはどう思われます?」


 「わかりません。いくつも考えられるのでどれを選ぶのか……そもそもシュトロホーフェン公爵の目的がわかりません。」


 「なんでじゃ? 金の卵を産むガチョウが欲しいのじゃろ? 」


 「シュトロホーフェン公爵領はバイスローゼン王国の東方、ローゼンシュバルツ王国の南西の国境に接する地域です。それに対してロートバルト南西部、南部の諸王国と未開の平原であるロートバルト平原に接する交通の要所でありながらも、領地の大部分を開拓することができない小貴族です。間には自身の配下の貴族もおりますが、王領や敵対する貴族領もまたぎます。


 これだけ離れた飛び地の領地は管理が大変です。


 強引な手段での併合は双方の連絡はもちろん元の領主への忠誠心の高さから反抗的な態度が多く出ることが考えられます。


 ましてや水面下や表立っての反乱などが起きれば、それなりに対応しなくてはいけませんし、無難に収められなければ、王家に対して面目が立ちません。


 それに王国の官僚にも目をつけられていると言う情報も我々が知っているくらいならば、公爵が知らないわけではないでしょう。いくら公爵でも王家に挑戦するには分が悪すぎます。


 もしかすると目的はロートバルト領ではなく、何か他のもの……」


 アニカの言葉に全員の目がロリに集まった。


 「なんじゃ? 妾がどうしたのじゃ? 」


 「ロリちゃん、記憶なくしたけど、シュトロホーフェン公爵になんか無礼なことでもしたんじゃないの? 」


 「ユズの質問が無礼じゃ。あったことなんぞないのじゃ。」


 「そうですわ。わたしの知る限り、姫さまは国外に出ることがなかったですから、シュトロホーフェン公爵とはあったことないはずですわね。」


 「まあ、暗殺したつもりが生きていたので、びっくりして証拠隠滅を図っていると言ったところじゃろ。」


 「まずロリちゃんが元気な頃から、引きこもりだったことに驚きはしないけど、それで慌てて動いたら、かえって自分が犯人だと言っているものじゃないかなぁ? 」


 「いやユズさん、今回はカロリーネ王女さま? の暗殺は関係ないし、そこは疑われないんじゃないっすか? 後でわかっても、ロートバルトを手に入れてしまえば、そんなの関係ないっすよね。」


 「どう考えても不利じゃない。」


 「ユズの言う通りじゃ。妾に恨みがあってもなくても、ロートバルトの金の匂いに惹かれたとしても、そんな動機は関係なく、ロートバルトが不利なのは変わりないのじゃ。

 最優先事項はロートバルト女男爵領としての現状維持じゃ。続いて、エミリアをこのまま清い身体で婿を迎えることができることじゃ。そして、妾たちが一人として欠けること無く無事にこの危機をやり過ごすことじゃ。」


 「いやいや、難しいっすね。攻めていいのなら、総攻撃で相手をいきなり攻める方が確率は高いっすね。」


 「腐っても公爵家ですわ。攻めるのは簡単ですが、男爵家が刃向かったとすれば、すべての手段を使ってでも、領地の平民一人残らず滅することでしょうね。」


 「恐ろしいっすね。」


 「貴族は舐められたら終わりですもの。」


 「どうするのじゃ?」


 「まずはお祝いをしましょう。」


 「ほえ?」


 ブリュンヒルデの提案が通り、三日後、ロートバルト市で大規模な祝勝会が開かられた。




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